千の風 32話
どうやら、お前達は、俺の逆鱗に触れたみたいだね?
千 の 風
「説明してくれる?」
が遊庵の襟元を締め上げるのと部屋の窓ガラスがパリンと大きな音をたてて割れるのはほぼ同時だった
割れた窓から風が吹き付け、二人の髪が激しく揺れる
揺れる漆黒の髪の隙間から見えた瞳は煌々と紅く光っていた
心臓が激しいくらいに鳴っているのが分かる
耳に直に響いているのかと思うくらいの鼓動の大きさ
ドクン ドクン というリズムに合わせるかのように 誰かがクスクスと笑う声がする
捕 ま え た と 耳 も と で 誰 か が 囁 い た
服を掴む腕が微かに震える
気をしっかり持っていないと力が暴走しそうな程に身体が熱い
「…お、落ち着けって!」
「俺は至って冷静だよ、遊庵」
にっこりと笑って冷静であることを見せようとしていても震える手を抑えることはできなかった
まるで酸素不足に陥ったかのように軽い目眩が起きる
ああ、いつもどうやって呼吸をしていたのだろう、と思う程に
「!一体何に怒っているのさ!?」
「怒っている…?俺はただ、疑問に思っていることを聞いているだけだよ、時人」
「疑問って…!」
「どうしてが”今”壬生に戻ってきているの?」
が壬生に戻ってくるということは前から分かっていた
狂と行動を共にしていれば多かれ少なかれ、このような結果になるということは目に見えていたからだ
そのことは自身も自覚していたはずである
でも、こんなに早く壬生に戻って来るなんてことは、有り得ない
鬼の子が、大人しく見ているわけがないではないか
、が易々と捕まるわけがないではないか
では何故、”がここにいる?”
「一体誰の、差し金だ?」
聞かなくても、もう答えは分かっている
それでも、敢えて尋ねるのは、自分の”決意”と”覚悟”を確認するためで
「それ、は…!」
気が付かない内に力を込めてしまっていたようで、襟元を締め上げられて、遊庵は苦しそうに顔を歪めた
ああ、これじゃあ喋れないか、といやに冷静な頭でそう思う
そして力を緩めようとした
――その時
ドオオオオオオオオオオオオオオオオン
「ぎゃあああああああ!!」
耳を劈くような断末魔の叫び声と部屋の扉が鼓膜が破れるのではないか、と思う程の大きな音をたてて破壊される音が聞こえてきた
「な、なんだぁ!?」
「ちょ、一体何が起きたわけ!?」
砂や塵を含んだ煙りが部屋を充満し、視界が悪い
まったくの不意打ちであったこの出来事に、時人も遊庵も動揺を隠せないでいるらしかった
その中で、だけは動じることなくその漆黒の瞳を細めて、煙りの向こうを見ていた
そして、しばらくそうしていた後、僅かに口の端をつり上げる
「まったく…どうして皆僕のことが分からないだろうね…人を見るなり攻撃してくるなんて失礼にも程があるよ」
鈴を鳴らしたような、声変わりを迎えていない、少年特有の高い声が聞こえた
「それはお前が人形になることが滅多にないからだろう?」
そう言っては腕を前に出し、左から右を斜にかけて まるで空気を斬るような動作をした
すると、今まで部屋に充満していた煙が、そのの動作に合わせるように、ゆっくりと消えていく
煙が消えていくことによって視界が開けてきた
「なぁ…――早矢」
そこには先程までいなかった人物、一人の少年が短い銀色の髪を風に靡かせながら、立っていた
その瞳は髪と同じ銀色で、容貌は幼いが、意志の強さがはっきりと窺えた
「久し振りに顔を見たな」
太四老の長、吹雪は同じく太四老であるひしぎに抱きかかえられている少女の漆黒の髪を優しく撫でる
撫でられた髪は艶やかで、傷みすら感じられぬ程美しい
吹雪はしばらくその感触を楽しんだ後、少女に向けていた表情とはうって変わった鋭い眼差しでひしぎを見た
「分かっているな、ひしぎ」
「承知しています、しかし…本気ですか?」
ひしぎの瞳からは戸惑いの色が窺えた
例え何があろうとも、吹雪についていくことを決めたひしぎである
そんな彼が躊躇をしている様子に、吹雪は眉を寄せた
「今さら何を言っている、一体何が、お前を押しとどめているのだ…?」
「――今から我々がすることは、の心を壊しかせないと、思っているのですが」
ひしぎの少し控えめな、いや、迷いのある声と言えばいいのだろうか、な声が静かに暗闇に響いた
「構わぬ」
何て抑揚のない声なのだろう
声が冷気を帯びていたのか、寒気が全身を駆け抜ける
「吹雪…」
「俺は、あいつらを再び空に解き放つつもりは毛頭ない」
分かっているな?ひしぎ
口には出さなかった
けれど、瞳はこう自分に言っているように見えた
その色は、今朝、から感じたそれと同じもので、”決意”と”覚悟”が見え隠れしていた
「――御意」
貴方がそう決めたことなら、私はそれに従いましょう
「の記憶から―――鬼眼の狂とその一行に関する全ての記憶を、排除します」
「な、早矢!?」
「久し振り、時人」
開けた視界から目に飛び込んできたのは、鮮やかな銀色だった
風に靡く髪の隙間から見える瞳も同じ銀色で美しい
姿は少年のの形をしているが、感じる力は想像も出来ない程に強く感じる
まるで、神のように、畏怖せずにはいられない、その雰囲気
この姿を見たのは本当に久し振りだ、とは思った
いつもは借りの姿をしているため、人形になったところなど、滅多に見ない
見るとすれば、それは自分か妹がそうしろと言った時か、または、
―――そうせざるを得ない状況になった時、だ
「…早矢、遅いよ」
「ごめん、、まさか壬生の連中が僕に攻撃をしかけてくるなんて予想外のことだったから、戸惑った」
「それは仕方のないことだろ?、その姿を見知っているものは壬生の中でも一握りの人間だけなんだから、な」
「まあ、そうだけど…」
「それで?”の側から離れるな”って命令したはずだけど、どうして早矢はの側から離れてここにいるのかな?」
「分かってる、でしょ」
「確信が欲しいんだよ、早矢」
「おいおいおい二人で勝手に進めるなよ、さっぱり話が見えねぇ…」
バシン
遊庵がすべてを言い終わる前に、早矢が立っていた場所の周りに大きな亀裂が入った
まるで彼の怒りを現しているかのように、風が激しく哭く
髪と同じ鮮やかな銀色の瞳からは見えるのは、怒りそのもの
「よく、そんなことが言えたものだね、遊庵」
「はっ!?いや、ちょっと、マジで話が見えないんですけど…!?」
「お前らが、計画したこと、なんだろう?」
「早矢!何を言って…!」
「黙れ、早くの居場所を吐かぬと、切り刻むぞ!」
風の勢いは増し、遊庵と時人は立つことすらできなくなった
壁や柱にパキパキという音を立ててヒビがはいっていく
先程割れた窓からも早矢の怒りに呼応するように風が集まる
激しさは増した
息もできぬ程の風
しかし、それに動じることなくは真直ぐに早矢を見つめ、そして口を開いた
「早矢、止めろ」
「だって、!」
「遊庵と時人は恐らく関与してない、している言えば――吹雪とひしぎだ」
風が止んだ
耳が痛い程の静寂の中での声だけが大きく響く
「早矢がここに来たことで、大体の状況は分かったよ、まったく…」
ピリピリとした電気のようなものを肌に纏わりついた
身体が何かに縛られているかのように動かない
じっとりと冷や汗が流れた
これは、殺気だ
それも、かつてない程の怒りを、早矢は感じた
「彼らは本当に俺を本気で怒らせたいみたいだね?」
の瞳は、鬼と呼ばれた漢のように煌々と紅く輝いていた
ああ、どうやら、お前達は俺の逆鱗に触れたみたいだね?
俺の片翼を傷つけたものは例え誰であっても――
容赦はしないよ
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