千の風 31話




   捕  ま  え  た





























                                  千 の 風


























  この部屋に入るのは嫌いだ、とは思った

  そっと胸に手を当てれば胸が疼くような感じがするのは、きっと気のせいではない

  己の中にある水龍が自分を操る術者に反応でもしているのだろうか



 「…憂鬱だ」



  別に壬生を担う幹部が恐いと思っているわけではない

  奴らと闘うことになったら、互角かもしくはこちらが押すかたちになるという自信はあるからである

  己の力に過信しているわけではないけれども


 
 「何が憂鬱っていうとさぁ…」



  一言で言うのならば、空気、だ

  この部屋に充満しているであろう空気、雰囲気がどうも居心地が悪い

  壬生の中枢とも言える九曜の中には自分の身内もいるし、気心がしれた仲の人間もいるけれど、それでも、あまり関わりたくない人物もいることことは確か



 
 「お前達は、俺とを必死で鎖に繋ぎ止めようとしているけどさ」



  誰に対して言っている言葉なのか、自分でも分からない

  でも沸き上がってくる闘気を止めることはできなかった

  瞳が熱くなる

  恐らく、今の自分の瞳は紅く輝いていることだろう

  


 「俺達は誰の言いなりにもなるつもりはないよ」




  扉に手を当ててその冷たい感触に身を任せれば、少しは落ち着いてくるだろうか

  この胸の内にある思いを気付かれないようにするには、どうしたらいいのだろうね? 




 「でも―…」



  ――何れ訪れる、その瞬間までは

   

 「お前らの望む””を演じてやるよ」


 
  扉に当てていた手に力を込めれば、ギギギという鈍い音を立てて開いた







  籠の中の鳥になる気は毛頭ない

  籠に入れば安全だと知っていても、傷付くことはないと分かっていても



  

  俺は

  例え傷付くとしても

  空の広さを知った


  鳥になりたい














  

  

  
  







 「、」

 「……」

 「、聞こえているのなら返事をしなさい」

 「聞こえてません」

 「聞こえているじゃないですか」




  しまった、と苦い顔をした時にはもう遅かった

  腕を握られ、強い力で後ろに引き寄せられる

  ぽすんと背中に何か温かいものにぶつかったと思ったら、私はあっという間にニ本の腕に拘束された



 「捕まえた」


  
  逃がすまいと強められる腕の力が恨めしい

  首を捻って後ろを見れば口元を僅かにつり上げて笑っているアキラに姿が目に映る




 「離して、アキラ」

 「嫌ですよ、また逃げられでもしたらたまりませんからね」

 「別に逃げてなんか、」

 「では言い方を変えます、どうして私を避けるのですか」



  逃げられない、と直感で思う

  助けを求めようにも、ゆやとボン、そして狂の三人は私達よりも遥か先を歩いてしまっていた

 

 「答えなさい、


 
  急かすようにアキラが私の耳もとで囁く

  囁かれた声は低く、僅かに甘さも帯びていて、私は反射的に身体をビクリと震わせた



  
 「…っ」

 「答えないと、無理矢理にでも言わせますよ」

 「…う、それは嫌」

 「なら、言えますよね」

 「…笑わない?」

 「約束しましょう」

 「なら、この手を離して」

 「…が逃げないのなら」

 「…多分?」

 「何で疑問系なんですか」



  冗談よ、と言えば、アキラはまだ納得していないような顔をしながらも渋々と私を抱き締める腕の力を解いた

  腕の拘束から解放された私は後ろを振り向き、アキラと向かい合う形をとる



 「…ただ、恥ずかしかっただけよ」

 「恥ずかしい?」

 「だって、そうじゃない」





  最後に会ったのは樹海での逢瀬

  最後に覚えているのはあなたの唇のぬくもり

  それらを思い出すだけでも顔から火が出そうな程恥ずかしいのに





 
 『ええ…まぁ…そんなところが私は好きなんですけどね』






  
  本当にさらりと言わないで欲しい

  言われたこっちの気持ちも考えて欲しいものだ

  心臓が持たないじゃないの、とアキラには聞こえないように小さく呟いた







 「?」

 「だって、」

 「ん…?」

 「だって…」

 「だって?」

 「…アキラが急に知らない男の人になったみたいで、恥ずかしかったのよ…!」

 「え、」





  はっきり言って、アキラを男として意識したことはこれまで一度もなかった

  いつも喧嘩ばかりしていたけれど誰よりもお互いを理解してしていた、そんな関係だった

  強くなろうと努力していたあなたが好きだった

  でも、それはきっと、仲間としての「好き」だったと思う


  だから

  






  今まで「仲間」だと思っていたアキラが、急に知らない「男の人」に見えてしまった時、どうしたらいいの

















 「…ヤベェ」

 「アキラ…?」




  アキラが口元を押さえながら私の肩にコツンと自分の頭を置いた
  


 「それって期待してもいいってことだよな?」

 「え…」

 「ずっと、ずっと願ってたんだ、が、俺のことを『男』として見てくれる日を」

 「ア、キラ」

  

  顔を上げて私の頬を両手で包むアキラから『男』の性が見える

  身体が痺れたように動かない

  私は、いつも、どうやってアキラと会話していたのだろう








 「俺、やっぱり、が好きだ」






 
  









  ゆやが「遅い」と呼びに来るまでの数十秒の間、私はアキラの顔がまともに見えなかった



























 「ッ!?」

 「うっわ…こりゃー思いきっていったな」


  扉を開けたと同時に聞こえたのは、驚愕の声と呆れにも似た声

  ひしぎもこんな風に反応すればいいのに、と頭の片隅で思っていると、金色に似た淡い緑の髪の少年が鬼のような形相で俺に近付いてきた



 「ちょっとッ!!一体どういうこと!?」

 「どういうこと、って?」

 「何で髪を切ったかって言ってるの!僕のお気に入りだったのに!」


 
  ああ、やっぱり思っていた通りの反応だ、と内心で苦笑いをしてしまう

  俺の身内でもある時人は昔から俺やの漆黒の髪が気に入っているらしく、自分の許可なく勝手に切ることを許さなかった

  時人曰く、「切るのが勿体無い程、綺麗な髪だから」らしいけれど、俺としては別に切っても、どうせ伸びてくるんだからいいじゃないか、と思う

  ざっくりと髪を切ったことで、時人に怒鳴られるかもしれない、ということは薄々感じていたけれど、まさかここまで自分の予想通りになるとは

  

 「まあまあ、ちょっとした心境の変化だよ」

 「心境の変化?何で、」

 「俺が言うとでも?」

 「−−−−−−−ーッ!!」
 



 
  本当に面白い程こちらに反応してくれるから面白くて仕方ない

  年齢は向こうの方がかなり年上だけれど、俺としては時人は可愛い弟にしか思えない

  ああ、もしこれを言ったらタロットカードで攻撃をされそうだから死んでも言わないけれど





 「まあまあ落ち着けって、時人」

 「遊庵はちょっと黙ってて!」

 「そうカッカするなって、だって髪を切りたくなる時くらいあるだろ、なぁ?」

 「…まぁそうだね」

 「が帰ってきたら驚くよなぁ、アイツも今のお前を見たら驚くぞ」

 「もう、が戻ってきたのに!お願いだから兄妹喧嘩は外でやってよね」

 「お前らの喧嘩は激しいからなぁ」

 「…ちょっと待った」

 「何、」

 「誰が戻ってきたって…?」





  本当にさらりと言ったから、聞き間違いだと信じたかったのに








 「あ?お前吹雪から聞いてねーの?」

 「だよ、もう戻ってくるんでしょ」



 



  他人に聞こえてしまうのではないかと思うくらいにドクドクと心臓が鳴るのが分かった









 「何だって…?」











  ああ

  目眩がする

  目が、霞む


  見エナイ


  吐き気が押し寄せる


  気持チ悪イ


  身体が、震える


  止マラナイ













  ジャリ、とい音をたてて、鎖が俺の身体に巻き付いた音が聞こえた


   






















 「見えた…あれが、地獄門―…」

 
  見えたのは本当に小さな”門”

  その姿は今にも壊れてしまいそうな程、古く汚らしいものにしか見えない

  しかし纏っている雰囲気が普通ではないことを肌で感じる

  ここを開ければ、その向こうには壬生一族が住む土地がある…そう思うと体がゾクリと震えた

 

 「さん…」

 「大丈夫よ、ゆや」



  私が怖がっていては駄目ではないか、と自分に叱咤する

  水龍を入れられ、命の期限をつけられたゆやの方が、よっぽど不安だというのに



 「さ、ゆや…早くカギを」

 「あらやだvそんなに急がないで」



  この樹海には不釣り合いな甘い声が響く

  早速来たか…と頭の片隅で思う





 「おでましかしら?」

 『そのようだね』



  


  卑猥、という言葉がピタリと合うように、裸の上から包帯を体に巻き付けている女性達の姿

  色気で男が騙せるとでも思っているのかしら

  冷静に考えればこんな樹海に怪我をした女性など、いないというのに

  

  ――彼女達は人間ではない、”死人”だ



  彼女達からは生きている人間からは感じられない”死”の匂いがする







 「ゆや、私の側から離れないで」

 「え…?」



 

  私がゆやを自分の背に庇うのと同時に、彼女らは手から長い爪を生やして襲いかかってきた 

  それを見て、狂、アキラ、ボンが構える

  人間ではないと分かったからか、彼らの体から闘気が溢れているように見えた






 「あいつらはね、死人よ」

 「死、人…?」

 「そう、”死人還り”の秘術によりこの世に再び『生』を受けた”生きる屍”」

 「そん、な…!誰がそんなことを…!」

 「私の知る限りでは、二人しかいないわ」



 
  ゆやを背に庇いながら後ろを振り返る

  樹海に生い茂る木々のせいか、辺りは暗く、何も見えない

  しかし、確かに感じる”気配”に目を細める




 「そこにいるのでしょう?歳子、歳世」

 「「流石、ですねv」」







  暗い闇から姿を現した二つの影

  ピンク色のナース服を着ている二人を見て、相変わらず変わっていないな、と苦笑いをしてしまう

  しかし、目の前にいるのに気配すら感じないところから、流石、五曜星の一員だと畏怖をせずにはいられない






 「お久しぶりですね、v会いたかったですぅ」

 「元気にしていましたか?」

 「ええ、だって壬生を出ていたもの」

 「むぅ〜…そんなに壬生が嫌いなんですかぁ!?」

 「 嫌 い 」

 「ハッキリ言いますね…」

 「それよりも二人とも、どうしてここへ?」





  ――狂達を抹殺しに来たのなら、容赦はしない




 

 
  その意味合いを込めて”雅”を握れば、まるで私の感情に反応しているかのように風が大きな音を立てて哭いた

  肩に止まっている早矢も銀色に淡く光り出す
  
  油断をするな、と頭の中で誰かが忠告するのが聞こえた
  






 「さん…!」

 「もーう、そんなに怒らないで下さいよぅ」

 「私達は只、を連れ戻しに来ただけですわ」

 「なら、尚更お断りだわ、私が『はい、そうですか』って帰るとでも思っているの?」

 「きゃはvそう言うと思ってぇ〜助っ人を連れて来ましたぁ」

 「助っ人…?」






  



  ドスッ
















  それはもう一瞬の出来事だった

  










  
 「…っ!」






  

  世界が一瞬で暗転する







  ゆやが遠くで叫ぶ声がした

  狂が私の名を呼ぶ声がした

  アキラの氷の匂いがした

  ボンの闘気を感じた



  ――早矢の息を飲む音がした








 「な、んで…」







  腹を押さえながら、今、私を殴ったであろう白いフードの男の顔を見る

  辺りが暗いせいでその男の顔をよく見ることはできなかった

  けれど、僅かに見えた瞳を垣間見たとき、私は、驚愕で目を開かずにはいられなかった

















 「ひしぎ…!」















  


  ふわりと体が浮く感じを覚えたのを最後に、私は意識を失った







  




 















  捕 ま え た

  誰かがクスクスと笑う声がする

  重い鎖をつけられ、私は籠に入れられた
 




















 

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