千の風 30話



  私は”決意”と”覚悟”をした






















 






                                 千 の 風 


























 

 「かったりぃ〜…」


  は陰陽殿に続く長い回廊を歩いていた

  少し高めに付けられている窓から差し込む光が眩しくて目を細める



 「…ったくこんな朝っぱらから俺を呼び出すなっつーの」



  今朝早くに吹雪から召集がかかったと従者が来た

  寝起きが最悪に悪い俺は無理矢理起こされた苛立ちと朝っぱらから吹雪の顔を見なくてはならないという嫌気から不機嫌さが最高潮に達していた

  微妙に紅くなりかけた瞳を見て従者は軽い悲鳴を上げてすぐに立ち去ったけれども





  用件は何だろう 「夢知らせ」のことだろうか 

  に一時の自由を与える条件として、俺の体内には水龍と自分が見た夢、つまり「夢知らせ」を太四老に伝えるという役目を担っている

  水龍の方は特に気にはしてない

  それは壬生を出なければ水龍は心の臓を喰い破ってはこないと分かっているから

  でも紅の塔を出ただけでも胸が苦しくなるというのは事実だった

  陰陽殿を抜け 五曜門を一つ出ただけでも今までの比ではない苦しさが襲う 



  
  ――だから 迂闊には 紅の塔から出ることはできない

  
     

  それは認めざるえない事実だった












 「…あれ?」



  前方から誰かが歩いて来る人陰が見えた

  俺は立ち止まり その姿を凝視する

  徐々に見えてくるその姿に見覚えがあった

  短い髪は俺と同じ漆黒

  斜にかけて伸びている前髪は顔の反面を隠している

  全身を黒で身を包むその男―――太四老が一人 その名はひしぎ




 「…ひしぎじゃん」

 「……」

 「お前こんな所で何してんの?吹雪に呼び出されてないのかよ?」

 「…、」

 「何」

 「…その髪はどうしたんですか…?」

 「…え?ああ、切ったんだよ、バッサリと」   



  
  はいつも肩よりも長い漆黒の髪をひとつにゆるく結んでいた
   
  その髪が今は――――バッサリと切られているのだ

  流石に普段から滅多に表情が変わらないひしぎの顔にも驚愕の色が見えた


  どうやら髪の結び目の部分から刀でバッサリと切ったようだった

  普段あまり見えなかった首の辺りが見えて艶かしい

  中性的な顔だちが髪が短くなっただけで凛々しい青年の顔に見える

  「男」としてのが垣間見えた気がした



 
 「…何故…」

 「何故切ったのか、だろ?…只 ”決意 ”と ”覚悟 ”をした気持ちの区切りだよ」



  ――例えどんな運命を背負っていても と共に自由になるという”決意”

  ――”決意”を実行するために 壬生という強大な一族と闘うという”覚悟”



  その二つをしかねていた今までの俺を捨てるために 髪を切った

  今日から俺は その”決意”と”覚悟”を糧に生きていく その気持ちを実行するために 己への戒めとして



 
 「…そう、ですか」



  ひしぎは何も言わなかった 問いつめもしなかった

  心の内では色々と考えを巡らせているくせに お前は一体何を思っているのだろう




 「聞かないのか?」

 「…聞いたところであなたは真面目に答えてくれるのですか?」
 
 「まさか」

 「…でしょう」



  ひしぎは溜め息をつき そして再び歩みを開始した

  


 「その”決意”と”覚悟”が壬生の害とならないことを、願います…」




  すれ違う瞬間 ひしぎはそう囁いた

  後ろを振り返っても ひしぎは一度も自分を振り返ることなく そのまま姿を消した

  
  自分の思惑に気付いているのかいないのか判断はしかねたけれど 自分の内にある”思い”に勘付いたのは確かである
 
  しかし 最後まで気付かれないようにしなくてはと思う 気付かれてしまったらすべてが終わってしまうから


  ”決意”も”覚悟も”すべて崩れてしまうから


  だから今だけは お前らが望む””を演じてやろう


  

  


 
  





 「――ところで、いつまでそこで隠れているつもりなんだ?幸村」

 「あははvバレた?」

 「バレバレ、俺から気配を隠そうなんて百年早いよ」

 「にはかなわないなぁ」


  柱の影からひょこっという効果音が聞こえてきそうな感じで顔を出しのは――智将 真田幸村であった

  いつもの余裕のある笑みを浮かべながらこちらにゆっくりと歩いてくる




 「ったく…ここまで来るなんて思わなかった、鎮明も何を考えてるんだか」

 「ふふvだって壬生につけばこの真田幸村が天下をとることなんて容易いじゃない」

 「天下ね…本当に壬生にきたのはその理由?」

 「…他に何があると?」

 「そうだな…例えば『至高の宝石』の在り処を探し出すため、とか?」

 「……」

   
  幸村は何も答えなかった

  先程には見えていた余裕の笑みが今はすっかりなくなっているところから見て 図星だろうとは思う

  そしてその冴える頭でこの状態を交わせる策を練っているのだろう



 「…本当に、にはかなわないね」

 「幸村、」

 「ねえ、『至高の宝石』…朔夜さんは今何処にいるの?」

 「…知ってどうする」

 「…彼女はボクの命の恩人だ…だから、」

 「助けたい、と?言っておくけど、今のお前には無理だ、鎮明に監視されている上、ここに来たばかりの今のお前では危険過ぎる」

 「…力づくで言わせる、と言っても?」

 
  腰にある刀に手を置き 構えの姿勢を取る幸村
 
  自信があるのか

  それともという漢と闘えるということに喜びを感じているのか

  幸村の顔には僅かに笑みがあった



 「お前が、俺に?」



  
  窓から吹く風がゆっくりとの漆黒の髪を揺らした

  揺れる前髪の隙間から僅かに細められた漆黒の瞳が垣間見える

  余裕の表情というものなのだろうか

  は笑っていた



  ――しかし 風が吹き止んだ瞬間











 「笑わせるな」










  の声がすぐ耳もとで聞こえた

  気付けばが後ろから自分の咽に腕を回し小太刀がぴったりとつけていた

  少しでも動けば刀が咽を突き抜けるという程に近かった


  ――見えなかった 動いた気配ですら感じられなかった
  

  冷たい汗が背中を流れるのを感じた
  
  


 「…鞍馬山で庵里に鍛えてもらったことで己の力に過信していたみたいだな?」

 「…っ…」

 「お前が俺に勝てるとでも思っていたのか?自惚れるなよ、幸村」

 「…!」

 「…壬生を甘く見るな、壬生にはお前が到底適わないようなヤツがごろごろいる」

 「……」
 
 「…朔夜は陰陽殿の奥深くにいる、行くだけの覚悟があるなら行けばいい…その代わり俺は関与しないからな、俺も…下手に動けない立場なんでね」

 「それは…警告と受け取ってもいいのかな?」

 「警告?まさか」


  そう言いながらそっとは小太刀を咽から外した

  それと同時に振り返ればは漆黒の瞳を輝かせて妖艶に笑っていた








 「…忠告の間違いだよ、幸村」








  その姿にどうしようもなく 魅せられた




























 「こ…こっちの方が樹海への近道みたい…な気がする」

 「おし!!ガンガン行こうぜ!!ガンガンよ!!」

 「は…はい…」

 「つーかこれ道かぁ?」


  村正の家を離れて 達は樹海へと向かっていた

  竹が行く道々に鬱蒼と生えているものだからゆやと梵天丸が必死で道を作ろうとしているのをぼうっとした瞳で見ていたような気がする


  ――考えるのは 村正のことばかり


  腰に差された二本の刀を触れば まだぬくもりが残っているのではないかと思って何度も柄を握ってしまう自分に嘲笑した

  そんな行動をずっと繰り返している私を見ても 狂は何も言わなかった

  それが彼なりの気遣いだということは充分承知している

  ただ 私の隣にいてくれる

  それだけでも 私はとても心強かった



 「狂…」


  
  狂の空いている手にそっと腕を伸ばして触れたら 狂は何も言わずに指を絡めてきた

  その行動の一つ一つが本当に優しくて また涙が出そうになった

  


 「ありがとう…」




  そう言いながら指の力を強めれば 狂の指の力も強くなった

  

  ――乗り越えなきゃいけない




  瞳を閉じて深呼吸をする


  辛いのは私だけじゃない 狂だって辛い気持ちは同じ

  いつまでもこんな顔をしていたらあの世でも村正に心配をかけてしまう
  
  それにこの痛みを 悲哀を 孤独を乗り越えなければ 村正の意志なんてとても継げないではないか





  それだけは 絶対に嫌だ







 
 「…村正、私、頑張るよ」







 
  ねえ どうか見ていて 私の生きざまを それが私からあなたへの 餞別になるから


















 『!』

 「…っ早矢!」


  狂に絡めていた指を離して腕を伸ばした

  そこに銀色の鳥が風と共に舞い降りる



 「…どうだった?」


 
  早矢には私がと夢で会話した後に 京に向かってもらっていた

  理由は―…狂の躯 そしてアキラと阿国さんの動向と行方を探るためだ

   

 
  
 『…それが』

 

  ――早矢が言葉を濁らせたと同時に感じたのは 気配 


  
  それは私のよく知っているもの

  樹海以来 感じることのなかったものだった






  パ リ ィ ィ ィ ン





  


 「おやおや…随分と頑張ってるんですね…ついつい手を貸してしまいましたよ」






  ああ この声にも聞き覚えがある

  竹が凍り 道が開けた場所に木に寄り掛かっている彼の姿は 今まさに私が思い描いていた人物






 「アキラ…」

 「…お久しぶりですね、…いつまでたっても狂が来ないものだから、待ちくたびれて私から来てしまいましたよ」





  どうしてアキラがここにいるの

  鎮明は行方不明になったと言ってはいなかったか

  その疑問を投げかけるように早矢に視線をよこせば 溜め息をつきながら早矢はこう答えた


  ――アキラは鬼眼の躯を返すためにここに来た と




  その答えに目を見開く



  一体どういうことなのだろうか

  狂の躯を奪ったのは紛れもなくアキラ自身である 何故急に返すなどと言うのだろう

  





 「…




  考え事に夢中になっていたせいでアキラが私の一歩前まで来ていることに気付かなかった

  ゆっくりと腕が伸ばし まるで腫れ物を扱うかのように私の頬にゆっくりと触れた



 「…ヒドイ顔ですね」

 「…私の顔にケチつける気?」

 「違いますよ、まるで何か大切なモノを失ってしまったかのような…生気のない顔をしていますよ」

 「……」

 「さん…?」






  分かってるくせに

  あなたのことだから すべてを知っていてそういうことを言うのでしょう?

  
  私が何を失ったのか 分かっているのでしょう?






 「そうね…私は確かに大切なモノを失ったわ…でも」

 




  頬にあるアキラの手にゆっくりと己のそれを重ねた
 
  そして漆黒の瞳を逸らさずにアキラを真直ぐに見る







 「…私は、乗り越えてみせるわ」

 

 


  アキラが息を飲んだのが空気で分かる

  もし目が開いていたら 恐らく目を見開いて私を凝視していることだろう






 「…相変わらず…君は強い女ですね…」

 「そう?」

 「ええ…まぁ…そんなところが私は好きなんですけどね」  

 「………え?」





 
  「好き」と言われて 数秒の間固まっていたように思う

  言われた言葉の意味を理解してかあっと頬が真っ赤になるのを感じた

  そう言えば アキラと別れたのはいつだっただろうか

  樹海にいたほとんどの時間は 私は気を失ってしまっていて記憶がない
  
  私が憶えている限りで最後にアキラに会ったのは 確か狂がクビラと闘った洞窟であったはず

  色々なことが目まぐるしく起こったせいで 忘れてしまっていたけれど

  

  ――あの時 アキラは私に深い口づけをしたのだ 




  自覚をした途端に 頬だけでなく体が熱くなるのを感じた

  心臓が早鐘のようにどくどくと音をたてている



 

  ――どうしよう どんな顔でアキラに接すればいいの






  
  





 「おいアキラ…オレの躯を返すかこの場で死ぬか…どっちか選びな…」




  狂がまるで私を庇うように アキラとの間に割って入る

  その体からほとばしる殺気にアキラは口をつり上げて笑った




 「…クス、そんなに私がに触れるのが気にわないのですか?」

 「……」

 「……図星ですか…まあいいでしょう、狂の躯…返してあげましょう―…というか…今日はそのためにやってきたんです」

 「な…何ですって!?」

 「ああ、そんな疑いの目で見ないで下さい、他意はありませんよ、今のままでは壬生との闘いにてこずるだろうなと思ったんでね、私からのちょっとしたプレゼントです」

 「アキラ…」










 「御案内しましょう…お返ししようとそこまで持ってきてるんですよ…狂の躯を」

  


















  アキラに誘われるように着いて行き 辿り着いた場所は沼だった

  この沼のどこに狂の躯があるというのだろう

 

 「この沼のどこに狂の躯が…」

 「まあ、そう慌てずに…見ていて下さい」


  アキラは片足をたててしゃがみ そっと沼の表面に触れた

  触れたと同時に沼がパキパキという音をたてて凍っていく

  沼は一瞬で凍り その中心から氷の山とも言えるものが姿を表した



 「あれは…」





  ――その中で眠っていたのは 鬼

  四年前と少しも変わらない紅の瞳を輝かせながら そこに鬼はいた
 
   

 


 「あ〜あ…みっともねえ姿になっちまってよォ」

 「…これで信用してもらえましたか?」

 『本物みたいだね…』

 「うん…」





  そうこの躯は本物だ 
  
  それは四年前 狂や四聖天と共に戦場を駆け抜けた私には分かる
  


  ――あの紅が とても懐かしい





 


  狂は何も言わず 躯に歩いていった

  共鳴をしているのか耳を塞ぎたくなる程の音が二人から発せられる

  狂は刀を鞘から抜き おもむろに刀を振るった

 








  ゴ ギ イ ィ ィ ィ ィ ィ ィ

 









  氷は砕け 辺りに散らばる

  表面に入った亀裂は岸にまで達した




  ――それでも 狂の躯を覆う氷だけはまったく割れていなかった


   
 「ど…どういうこと…!?」

 「おいアキラ!!どーなってんだ!?」

 「…壊せないんですよ…その氷だけは…私の力を持ってしてもね…」



  ああやっぱり と心のどこかで思った

  狂の躯は壬生にとって重要なモノ 何もされていない方がかえっておかしいくらいなのだ




 「…禁呪」

 「…その通りです、、どうやらこの氷には狂の躯を完璧に封印するための『禁呪』がかけられているようなんです…」



  ――『禁呪』とはその強力さゆえ使うことを禁じられた呪文 




 「おいまてや!!そんなやっかいなモン誰がかけたんだ?」





  ―― そしてその『禁呪』は『禁呪』をかけた者にしか解くことはできない






  これ程の『禁呪』を扱える者がいるとしたら それは壬生一族の中でも一人しかいない







 「…紅の王」

 













  つまり紅の王に『禁呪』を教わらない限り 狂は己の躯を取り戻すことができないということなんだ



















 









  私は”決意”と”覚悟”をした



  ――例えどんな運命を背負っていても と共に自由になるという”決意”

  ――”決意”を実行するために 壬生という強大な一族と闘うという”覚悟”







  でも それとは少し違う”覚悟”をしよう









 
  ――狂に躯を返すために 壬生と闘う”覚悟”を


  

















 


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