千の風 29話
あと どれくらい泣けば 笑えるのかな
ねえ どうしたらいい?
涙が止まらないの
千 の 風
は木の根元にもたれながら座り 只じっと瞳を閉じていた
風など吹いていないのに の長く艶やかな漆黒の髪は優しく揺れている
風がに戯れているのだろうか
彼女の周りだけ澄んだ空気が纏っているように感じるのもそのせいなのかもしれない
『』
耳に心地よく感じる低音には閉じていた瞳をゆっくりと開けた
目を開ければそこには自分と同じ顔の青年が立っていた
髪の長さが違わなければ見間違えてしまうかのように酷似している二人
””と名前を呼ぶと 彼は目をうっすらと細めて 私のすぐ側まで歩いてきた
「珍しいね、が自分の夢の中に私を引き込むなんて」
「悪い」
「いいの、何か私に伝えたいことがあったんでしょう?」
「ああ…お前、村正から聞いたのか?」
何を と私は聞き返さなかった
双子とは不思議なものである
例えば兄弟同士離れた場所にいてもお互いに今 何を思っているのかが分かってしまうらしい
それは私達とて例外ではない
私達はお互いの心情を感じ取ってしまう
言い換えれば相手の感情が 流れ込んでくるのだ 己の心に
だから が言わんとしていることはすぐに分かった
「…聞いたよ」
「どうする?」
「はどうしたいの?」
「俺は…壬生を滅ぼしたい」
ああやっぱりと思った
なら自分の背負う未来を変えるためには壬生を滅ぼすしかない きっとそう思っていると何故か確信めいた自信があった
「…壬生を滅ぼせば、私もも自由になれると思うの?」
「…分からない、でも、それしか方法はないだろ」
「らしくもない、自分の思い通りにならないからすべてを壊してやろうなんて子供のすることよ」
「じゃあお前は何か考えがあるのかよ!?」
私に向かって声を荒げる
は私に滅多に怒鳴ることはない
そんな彼が声を荒げるということは余裕がない証拠だと思う
相当追い込まれている
をここまで苦しませていたのかと思うと 悔しかった
「あるよ」
自分の声が ひどく冷静に聞こえた
の目が大きく見開かれる
「…あきらめないで」
すべてをあきらめてしまったらそこで終わってしまう
「あきらめずに…自分がいいと思った道を選べば…自然と未来は変わるっていったのはでしょう?」
そう言って私を笑いながら励ましてくれたのはあなたじゃない
そのあなたがどうしてすべてをあきらめてしまっているの
「未来は自分でしか決められないの、変えることができるかは自分次第」
未来は一つじゃない
決められた未来なんてない
だから
「あきらめないで」
その言葉がやけに響いたように感じたのは私だけだろうか
は何も答えない
只私と同じ漆黒の瞳で見つめ返すだけ
「それでも…俺は、壬生が滅ぶことを望むよ」
「…っ!」
の言葉を聞いて私は反射的に声を荒げた
壬生を滅ぼす と言われて私は焦っているのだろうかと自問自答する
自分の故郷だから?
大切な人達がいるから?
違う
壬生を滅ぼす という考えが浮かぶより先に私はにあきらめてほしくないのだ
どうすれば分かってもらえる?
必死に頭を働かしても解決策は出てこなかった
「でも」
言葉と共に感じたのは温かさだった
気付けばはゆっくりと私を抱きしめていた
よりも背が高いため体はすっぽりと腕に収る
括られた髪が首にあたって私は少し体を身じろぎした
「それは、望みが叶えられないならすべてを壊してしまえ、という思いからじゃない」
「…?」
「運命に抗うことができないら滅ぼしてしまえ、という浅はかな望みでも、ない」
はゆっくりと言葉を発した
まるで告げる言葉を選んでいるかのようにゆっくりと話す
「壬生を滅ぼせば、俺達は自由になれる…そしてそれと同時に壬生に住まう者達も自由になれると、俺は思うんだ」
「…っ」
「…以前、村正が言ってた…自分は二つの大罪を犯したと…一つは壬生を救えなかったこと、もう一つは狂に無明神風流を伝承したのは
自分の代わりに壬生抹殺という目的を成し遂げるためだったと…覚えてるか?」
「…うん」
いつだっただろうか
村正が悲哀に満ちた瞳で 私達にそう告げたのは
自分のエゴのために狂を利用してしまったと悔いた表情で 語ったのは
遠い昔のようでそうでないような曖昧さが苛立たしい
「でも村正はこうも言ったよな…?自分はもしかしたら三つ目めの大罪を犯したかもしれないと…」
「うん…」
の胸に顔を埋めて 私は次の言葉を待った
「…それは俺達を、自由にしてやれなかったことだと言ったよな?」
『でも、私は三つ目の大罪を犯したかもしれませんね…』
『え…?」
『それは…、、あなた方を自由に空に飛ばせてやることができなかった…こと、これは…本当に悔やんでも悔やみきれません…』
「その時の村正の表情を見て思ったんだ…何が何でも壬生から出てやろうと、鎖から外れてやろうと思ったんだ、村正が犯したという罪を俺は代わりに償いたい、
村正が成し遂げられなかったことを俺が代わりに成し遂げたいと、思ったんだ…そして例え俺が無理でも、、お前だけは自由にしてやるとその時誓ったんだ…!」
「…」
「…自分の運命を再確認して、頭が回ってなかったみたいだ…思い通りにならないなら全てを壊してしまえだなんてホントに子供のすることだな、
危なく…本来の目的を忘れるところだった」
「…が、どうしてそこまで ”自由” ということに、私を自由にするということにこだわってるのか…分かった気がする」
「……」
「…村正の、ためだったんだね」
「まあ…育ての親だからな…あれでも、一応」
「ふふ、そうね」
お互いに体を放して笑い合う
私もも村正に抱いている感情は同じ
それは語ろうにも語れない 深い感謝の 念だ
「…俺もあきらめない、必ず変えてみせる」
「…うん、そうだね」
「、これから壬生に来るんだろ?」
「…うん」
「気をつけろ、特に太四老には」
「分かってる」
「そっか…それじゃあ、そろそろ時間だから、戻れ」
時間 と聞いて私は俯いた
泣いちゃいけないそう思って唇を噛む
その様子にが私の頭を優しく撫でた
「村正に、刀を作ってもらったんだよな?」
「え、どうして…」
「夢で、見た」
「…そっか」
「大切に、使おうな…村正が最後に作った刀だぞ?貴重も貴重」
「…うん」
顔を上げればは笑っていた
その表情を見て私もつられて笑う
それでも引きつった笑みだったと思う
泣かないようにするのに精一杯だったから
「…村正に、よろしくな」
の言わんとしていることが分かって私はただ頷いた
ゆっくりとお互いの姿が透けていく
ああ目が覚めるとのだと思う
でも覚めたくないと思うもう一人の自分がいる
私は最後まで彼を笑って見送れるだろうか
『』
「早矢…?」
『に呼ばれたの?』
「…そう」
うっすらと目を開ければ 肩には銀色の鳥が止まっていた
私はゆっくりとその体を撫でてやる
早矢は気持ちよさそうに目を瞑り 私の指を甘噛みした
風が優しく吹いた
「…さあ、行こうか」
その時吹いた風は 悲哀の薫りが した
「……ずいぶんと長く語りすぎてしまいましたね…別れの夜とは本当に…話のつきないものですね」
別れの夜
その言葉の本当の意味が理解できたのは狂と梵天丸だった
先に行けと言う狂にそうだなと頷く梵天丸
ゆやは二人の言葉の意味と行動が分からなかった
只 梵天丸は師弟には師弟の別れがあるのだろうと言うだけ
「…梵天丸、御武運を」
「…あの世で会おうぜ」
ただの別れの挨拶がどうしてこんなに重く聞こえるのだろう
どうして 入れ違いに入ったの顔が
あんなにも憂いを帯びた表情だったのだろう
ゆやは まだ 分からなかった
「…ボンにお礼を言わないとね、村正」
「ええ…梵天丸のおかげでゆやさんにこの姿をみられずにすみました…」
蘇生術「精」で無理矢理命をつなぎとめていた分 その反動で形すらとどめておけなくなった村正の体
サラサラと体から光の粒のようなものが落ちる
その流れは止まらず 村正の体が徐々に透け始めてることに 私は気付いた
「…まるで壬生の未来を象徴しているかのようですね…」
「……」
「狂…あなたにしたことへの罪…許してくれとはいいません…ですが―…今回あなたに会ってほっとしました…あなたはもうあなたの世界を見つけたんですね…
何よりもかけがいのない大切なものを…」
「……」
「村正…」
「…狂、最後に一つだけ、私の頼みを聞いてくれますか…?」
村正は座っていた縁側から立ち上がった
そしてゆっくりとおぼつかない足取りで私達の元に向かってくる
一歩手前で立ち止まった村正は サラサラと光の粒を落しながら 狂の隣にいた私を抱きしめた
背中に感触のない腕が回る
「…とを頼みます」
「村、正…?」
「私は…最後までこの子達を見届けることができなかった…だから、狂、あなたが、私の代わりとなって、この子達を…護って下さい」
もう 腕のぬくもりも感じないのに
どうしてこんなに彼の温かさを感じるのだろう
どうしてこんなにも優しいく感じるのだろう
ねえ お願いよ
――これ以上私を泣かせないで
「村正…私とがあなたの意志を受け継ぐから」
「…?」
言葉と同時に溢れたのは 涙
瞳から溢れた水は重力に逆らわず そのまま地に落ちる
ああ どうすれば止められるのだろうね?
「私達が…あなたが犯した三つの罪を償う、から…!」
「…」
あと どれだけ泣けば笑えるのだろう
「絶対に、あきらめ、ない…からっ!」
安心してと 言いたかったのに 涙が 止まらないの
「…―…ありがとう…これで、想い残すことなく安心していけます…、狂…あなた達は…あなた達の思うがままに生き抜いて下さい、
あなた達自信の手で、足で、眼で…その生命を―…いつでもあなた達の生き様は…いつも遠くから見送っていますよ」
「…関係ねえな、自分の生き方は自分で決める…今までずっとそうだったように…これからもな…」
「狂…」
「それにを護れだなんて当たり前なこと言うんじゃねえよ」
狂の言葉に村正はふっと笑った
村正の体から光の粒が勢いよく流れ出す
もう 村正のぬくもりも感じられなくなる程に 強く
――時間だ と誰かが叫んだ
「……本当にあなた達と出会えて良かった…」
「…む…らまさっ…!」
「…そしていつも願ってますよ…と、そして京四郎の四人が…再びお互いに笑いあえる日が来ることを――」
―― どうか 幸せに
最後の言葉は 直接 頭に響いた
もう 目の前にあなたはいない
あなたがいた余韻を残すかのように光の粒が宙を舞う
手を伸ばせば それはすっと私の手のひらに収った
そのまま握れば まだ あなたの体温を 感じられるかしら?
「…最後まで…説教たれていきやがって…」
狂が呟いた
でもそれをいつも笑いながら答えていたあなたはもう どこにもいないんだね
――もうこの世界のどこにも
不思議と 涙は 止まっていた
強く腕を引っ張られる
目の前には狂の広い胸があった
狂は刀を持っていない方の手で私の後頭部をぐっと己の胸に押し付ける
「きょ、う?」
「……」
とくん とくんと狂の心臓の音が聞こえた
――悲しいときは心臓の音を聞くと落ち着くんですよ
ああ そう言っていつも泣いていた私を抱きしめてくれていたのはあなただったね
今度は 狂 あなたが代わりにやってくれるの ね ?
「…まいったなぁ…もう、そんなに優しくされると、また、泣いちゃうよ…?」
「…泣け、俺しか見てねえ」
「…っ…」
ぎゅっと抱きしめた体は小さく震えた
小さく震えた体からやがて嗚咽が漏れた
少女は何度も「村正」と呟き泣き叫んだ
青年はその叫びを黙って聞き 少女を抱きしめる腕を強くした
青年は少女を放さなかった
少女も青年を放さなかった
お互いがお互いの悲しみを慰めあうように 抱き合った
はゆっくりと漆黒の瞳を開けた
すっと腕を伸ばして 手を広げれば そこにどこから現れたのか分からない光の粒が落ちた
風が運んできたのだろうか
それとも粒自体がここまでやってきたのだろうか
「村正…」
逝ったのか―…そう呟き は縁側から立ち上がった
は瞳をそっと閉じる
それが合図なのかのように風がゆっくりと彼を優しく包んだ
今日は括られていない長い髪がゆっくりと静かに舞う
その風にゆっくりと庭に咲く白い花が加わった
白い花は まるで天にまで届くかのように高く高く舞い上がった
「…あんたの意志は俺が引き継ぐ…だから、安心して眠ってくれ―…」
散る献花
舞う散華
花はが発した言葉を記憶して 天に昇った
あと どれくらい泣けば 笑えるのかな
ねえ どうしたらいい?
涙が止まらないの
でも
もう少ししたら
いつもの私に戻るから
もう少し泣いたら
また笑うから
だから
今だけは
あなたのために 泣かせて下さい
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