千の風 28話
別れが近いと 頭の中で誰かが叫んだ
千 の 風
「今日の夜に、出発するんだって」
「そうですか…」
「私もそう思うの、夜の闇にまぎれて行った方が少なくとも壬生の下っ端の目は欺けるだろうから」
日が大分傾いてきた
白い月も徐々に光を放ち始めている
時折吹く風が頬を優しく撫でて気持ち良かった
と村正は二人並んで家の縁側に腰を下ろしていた
他愛もない話を始めてから もうどれくらいの時間が経過したのだろう
「…私のことは気にせず安心して旅に出て下さい、私は足手まといになるので一緒には行けませんが…」
「…うん、分かってる」
こんなにも時間が惜しいと思うのは何故なんだろう
今すぐにでも出発したい そう思うのは何故なんだろう
でもその反面 村正とずっとこうしていたいと思う自分がいる
この矛盾した思いの行く末を私は知らない
村正が己にかけた『精』という術は言わば麻薬のようなもの
体の痛覚を破壊し気力を増幅させる術
もう 村正の体はボロボロのはず
その証拠に日増しに肌が透き通るように白くなっている
ああ
別れの日は近いと
頭の中で誰かが叫んでいる
「、」
「何?」
「もう、分かっているのでしょう?」
「…なに、を?」
「私達の別れが、近いということを」
村正の言葉に反射的に俯いていた顔を上げた
村正は真直ぐに青の瞳で私を見つめている
「村正…!」
「…蘇生術『精』で生命をつなぎとめていた分、私は、もういつ消えてもおかしくありません」
「…っ」
「その前に、あなたにどうしても伝えておきたいことがあります」
「…伝えていきたい、こと?」
「ええ、消える前にどうしても言いたかった」
聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない
このまま両の耳を塞げば 耳を塞げば別れの言葉を 聞かずにすむのなら そうしよう
でも 出来なかった
村正の瞳があまりにも真剣だったから
「それはあなたと、が背負っている運命のこと」
「私と、の…?」
「そう、あなたの父親…明来は…死ぬ真際に夢を見ました、あなたとの未来の行く末を」
父さんが見た夢は必ず現実になると そう昔から聞かされていた
その父さんが死ぬ真際に見た 夢
それは一体何?
村正は静かに語り出した
父さんが見た私との末を
初めて明かされた事実
突き付けられた真実
でも それらを聞いても尚 冷静でいられるのはどうしてなんだろう
――私とのどちらかしか自由になれないなんて
目の前が真っ白になりそうなのを理性で何とかして止めようとする
片方が自由に空を飛べば
片方が壬生の鎖を繋がれる
私が残れば 次代紅の王の伴侶に
が残れば 次代の紅の王に
私とのどちらかしか 壬生の鎖から 離れることはできない
それが私達の背負った運命であると 村正は告げた
どちらかが欠けてしまえば 空には飛べないのに
私達は片翼しかないのに
私達は二人で一人なのに
それでも その運命しかないのですか
「…は、そのことを知っているの?」
「…恐らくは」
はそう言いながら立ち上がり 白い月を見上げた
自分でも驚く程落ち着いた声が薄暗い闇に響く
村正が瞳を閉じて苦し気に呟くのが雰囲気で分かった
「そう…」
のことだから きっと一人でこの運命に苦しんでる
そしてその運命を背負う自分を 呪っているだろう
片方しか自由になれないと聞いて 自分の兄は何を思ったのだろうか
恐らく 妹の私のことを 第一に 考えたのでは ないだろうか
自惚れていると思われるかもしれない
でも兄は 自分のことよりも私のことを最優先に考える傾向がある
どうしてそこまで自分を犠牲にするの と叫びたくなる程に
はきっと私を自由にするためにこう思案するだろう
――狂と京四郎を殺してしまおうか と
私が次代の紅の王の伴侶となる運命を背負っているのなら この二人を殺してしまえばいいと そう思うだろう
でも その考えをすぐに改めるだろう
二人は にとって 大事な戦友なのだから
「”自分が一番いいと思う方向に進めばいい、そうすれば自然と未来は変わる”」
「その言葉は…」
「が私に言ったの」
どんなに辛い夢を見ても 残酷な夢を見ても 恐れてはいけない
恐れずに前を見て 自分が良いと選択した道を歩いていけば きっと未来は変わるとは笑いながら言った
「未来は一つじゃない…その人によって色々な未来が用意されていると私は思うの、私とが背負っている運命もその一つだと…私は思うのよ、
だから…例え父さんの見た夢は必ず現実となると言われても…私はあきらめない、私は、私がいいと思った道を信じて進んでいけば、未来は
自然に変わると、私は信じてる」
私は自分の信じる道を行けばいい
”壬生を滅ぼすしかない”
未来を変えるためにはその方法しかないと兄はきっと思っているだろう
でも 未来は一つじゃない
決められた未来なんてない
私の未来は私にしか決められないんだ
変えられるかは 私次第なんだ
だから 絶対にあきらめない
「私はあきらめないわ」
「…」
「こう思うことは、とても、無謀なことかしら?」
「いいえ…あなたはあなたの信じる道を貫いて下さい、そうすれば自ずと未来は変わるでしょう」
「うん、分かってる」
「強く、なりましたね…」
「あら、また私が泣くとでも思った?残念ながら私はもう子供じゃないもの、それに…私には”千の風”が吹いているもの、
私に絡み付く鎖を断ち切る力を持った風が、ね」
「ああ、そうでしたね…これから予想もしないありとあらゆる困難があなたを待ち受けていても、あなたのその思いと力があればその困難に立ち向かえるでしょう…でも」
「でも?」
「その扇だけで壬生に行くのは危険すぎます…だから、これをあなたに―…」
縁側から立ち上がった村正がゆっくりと私に近付いてくる
その手にはニ本も刀が握られていた
「嘘…」
「これは…私の最後の作 ” 雅 ”と ” 響 ”です」
「村、正」
「” 雅 ”はあなたに ” 響 ” はのためにそれぞれ作りました、あなた達程の力があれば…すぐに刀と『会話』をすることも可能でしょう」
「……」
「…決して生きる強さを失わないようにありったけの”念”を込めました、必ずあなた達の役に立つでしょう、だから…」
すべてを言い終わる前に 私は村正に抱き着いた
もう絶対に泣かないと心に決めていたのに 涙が溢れてしょうがない
もういつ死んでしまってもおかしくないその体で 私とのために最後の力を振り絞って刀を作ってくれた
そう思うだけで 涙が止めどなく流れる
「ありが、とう…!ありがとう…村正…!」
村正は何も言わずに 私の頭を撫でてくれた
その今にも消えそうな白い手で 私が泣き止むまでずっと
別れの時は近いと 頭の中で誰かが叫んでいる
私は最後まで あなたを笑って見送りたい
私を育ててくれた あなただから 心配することはないと 笑って見送りたい
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あとがきと書いて言い訳
刀の名前が適当すぎる気がするのは私だけですか
雅(ミヤビ)と響(ヒビキ)です
和風的で似たような音の響きを持つ名前にしたかったのです
次回はいよいよ村正のシーンです