千の風 27話


 「ありがとう」

  ただ その言葉が言いたい
































                          千 の 風 


























  この覇気

  この闘気

  そして この鬼気


  間違いない



 「狂―…!!」


  ちゃんと約束を守ってくれた
 
  生きて帰って来てくれた

  そう思っただけで安堵感で心がいっぱいになった



 「…っ!さん…!」

  

  でも それは本当に束の間だった

  狂が抱えているあるモノに、私は顔色を変える




 「む、村正―…!!」



  狂が抱えていたモノは 村正だった

  固く目を閉ざし ぴくりとも動かない

  まるで 

  生きている死人

  その表現がしっくりとくるような村正の状態には言葉を失う

  狂が村正をゆっくりと地面に降ろした瞬間 私は弾かれたように走り出した



 「村正!!」



  ゆっくりと降ろされた村正に走り寄り 体に耳を寄せれば トクン トクンと心地よいリズムが聞こえた

  ほっと胸を下ろす

         
  良かった 村正はまだ死んでなんかいない
    
    ・・・・
  まだ生きてる





 「待ってた…お帰り、狂」

 「…ほたる、お前…なぜここに…」

 「仕事で…狂、お前と村正を暗殺しにきたんだ…それと、を連れ戻しに」

 「…何だと?」

 「だから今梵天丸と闘り合ってたんだ…邪魔しないで」
  
 




  …この違和感は何だろう






  ああ そうだ

  狂からいつもの殺気が感じられないのだ

  いつも相手を殺してしまいそうな殺気を放っている狂なのに 今は とても落ち着いて怖い感じがしない

  まるで狂の周りの空気だけ澄んでいるような 感じ






 『!』



  頭に直接語りかけてくる声



 「早矢!」

 

  腕を伸ばせばそこに銀色の鳥が止まった

  
 「早矢…!狂が…」

 『…鬼眼の雰囲気がいつもと違うって言いたいんでしょ?…心配しなくても大丈夫だよ」

 「…一体洞窟で何があったの…?」


  



  ドンッ







 「…っ!」

 「でも、またさっきみたいに邪魔されるのいやだから、悪いけど…狂…先に死んで」

  


  ほたるは本気で狂を殺そうとしている

  それはほたるの炎のような殺気を見ればすぐに分かった

  



 「ほたる!止めなさい!!」

 「…ほたる」

 

  ほたるの元に向かおうとしたを狂は手で制した

 

 「狂…!?」

 「壬生の地に帰れ…帰ってそして奴らに伝えろ―五曜星も太四老もオレ様に刃向かう奴ぁまとめて全員ブチ殺してやるからおとなしく待ってろってな」



   
  ほたるの強い殺気に狂は何も反応しなかった

  どうしてそんなに落ち着いていられるの

  私は不安を表すように狂の腕をぎゅっと握った




 「…わかった、伝える…でもそれは―…お前の首をとってから―…!!」




  ほたるは後ろに飛んで呪いを唱えた

  


 「魔皇焔―!!!」




  今までの炎の比ではないくらい熱量

  モノを燃やす炎ではなく すべてを跡形もなく溶かしつくす炎

  その炎は真直ぐに狂に向かって行く

  でも 狂はピクリとも動かなかった




 「狂!!どいて!」



  狂を護ろうと前に出ようとしても腕の力が強くて進めない 




 「狂…!?」




  炎がもう 目の前まできている

  逃 げ ら れ な い





 「狂…!!」








  



  私が叫んだと同時に 鳥が 朱い鳥が 見えた














  ドッ

















  一体何が起きているのか分からなかった
  
  唯一分かったことは



 「っ!」

 「ほたる…!!」




  ほたるの魔皇焔がいつのまにか消えていたこと

  そして朱色の鳥が見えたと同時に ほたるの片腕が吹っ飛んだと いうこと






  ズ ズ ズ ズ ズ ズ




  

 「…っ!!」

 『!!』




  ビリビリと体が麻痺して動かない 

  この殺気

  それは狂から発せられているものだった

  まるで邪悪の塊ともいうべきソレには息を飲む




 『…完全に殺気をコントロールしてるね』

 「嘘…一体どれだけ強くなったのよ…!」




  そして先程の灼熱の炎をまとった鳥

  まさか あれが 無明神風流奥義 ” 朱雀 ” なのだろうか




 「…ほたる、もう一度言うぜ、帰って壬生の連中全員に伝えろ、オレに…オレに刃向かう奴は誰であろうと一人残らず皆殺しだってな」




  四年前と変わらないその紅の瞳の輝き

  いや むしろ強くさえなっているその瞳に私は冷や汗が流れた

  



 「…帰らない…いや帰れないこんな面白い狂を見たら…闘わずに帰ることなんてできない」

 「ほたる!!いい加減に…!」

 「、すぐに終わるから待ってて」

 「誰がお前にを渡すと言った…左手一本じゃ懲りねぇらしいなぁ」

 「左手…?ああ左手か…いいよ左手くらい、右手があれば闘える」

 「いや、よくないから!」

 「…首でも飛ばされねえ限りわかんねえらしいなあ―…」

 「ちょっと二人とも止めなさい!ボン!止めて!」

 「……」

 「ボン!?」

 「おい…テメエら…オレ様もまぜやがれ!!」

 「お前もか−っ!?」

 「…ホント獣だね…」

 「…ったくどいつもこいつもちっとも変らねえバカばっかだな」



  三人の闘気が一気に膨れ上がった

  今にも一触即発しそうな雰囲気である



 「ち、ちょっとやめなさいよ!!止めましょう、さん!」

 「……」

 「、さん?」









  プツンと頭の中で何かが切れる音がした  












 「この馬鹿もの共が−−−−−−−−−っ!!!!いい加減にしなさい!!!!!」







  バシッ ビシッ べシッ







  心地よい音が森に響く

  ほたる 狂 梵天丸の頭をは薄紅色の扇で思いきり叩いたのだった






 「痛ェ−−−−−−−!!」

 「…痛い」

 「何すんだテメエは…!」


  三人は頭を押えながら を見た

  しかし完全に目が据わっている彼女に言葉をなくしてしまう



 「何すんだ、ですって?よくそんな台詞が言えたものね!今自分達がどんな状況にいるか分かっているの?
  まずほたる!左腕がないから右腕だけで闘う、ですって?バカなこと言わないで!そんな状態で闘えるわけがないでしょう!
  今すぐ壬生に戻って治療しなさい!次に狂!精の術を施した村正があれほど衰弱するくらいの修行だったのでしょう?
  飲まず食わずに不眠不休で体が悲鳴を上げているに決まってます!あなたに今必要なのは休息です!!最後にボン!!二人を止めるどころか
  オレも混ぜろですって?ふ ざ け る の も い い 加 減 に し な さ い よ ? あんたもキズが酷いんだから大人しくしてなさい!!」

 「「「……」」」

 「返 事 は ?」

 「「「…ハイ」」」

 「さんすごい…!」

 『…流石の妹だよね』



  あの鬼眼の狂と四聖天の二人を黙らせるとは ある意味最強である
  
  やはりはあのと兄妹なのだと 早矢は実感せざるえなかった

   








 「まあまあはん、そこまでにしてあげたらどうどすか?」

 「ちょっと黙ってて!今日という今日は許さないんだから!」

 「でも世の中ラヴ&ピース、平和が一番どすえ?」

 「私だって平和が一番好きよ、でもね!あいつらは…ってあれ?」



  私は一体誰と会話をしているのだろう

  恐る恐る後ろを振り返れば 彼のチャームポイントであるサングラスが目に入った




 「ち、鎮明…!?」

 「久し振りどすなぁ、はん」

 「嘘…どうしてここに…」

 「急用をことづかって来たモンでちぃと邪魔さしてもらいますえ」



  急用って…もしかして私を連れ戻すことだろうか

  辰伶 ほたるの次は鎮明だなんて 予想外だ

  は汗ばんだ手を強く握った



 「鎮明…何しにきたか知らないけど…邪魔するんなら殺すけど?」

 「自分、ケイコクはんへの伝言あずかってきとるだけどすから堪忍してくれやす」

 「なに?伝言て…」

 「それがどすなあ…京の都に隠されとった鬼眼の狂はんの躯がどこぞへと消えてしもうたんどす」
 
 「え…!?」



  躯が消えた…?

  確か 狂の躯はアキラが持っていたはずなのに

  それに 京へ躯を見つけてくると言っていた阿国さんはどうなったの…!?


 
 「そんなの関係ない、オレは狂を斃してを連れ戻すまでは帰らない」

 「ふ〜左手がこんなんでフラフラのくせに強情どすなあ…でもなあケイコクはん」



  トンという軽い音をたてて 鎮明はほたるの眉間を人さし指で突いた

  その瞬間 ほたるは一瞬で気絶してしまう



 「ほたる!」

 「…ケイコクはんが負けるとは思わんけど神風流の奥義は未だ謎多いし、頭に血ィのぼった今の状態じゃあ分が悪いどすからなあ万が一を考えて大事をとらせてもらいますわ」



  鎮明はほたるを抱えあげた もちろん左腕も忘れずに
  


 
 「鎮明、」

 「はんを連れ戻すことは保留にしておきまひょ、でも忘れないでおくれやすー壬生はあんさんを本気で連れ戻そうとしているってことを」

 「……」

 「ああ、それと、狂はんとにも先代から伝言があるんどす」

 「え、先代、から?」




  紅の王…

  最後に先代に会ったのはいつだっただろう

  寂しそうな笑顔で 私を見送ってくれた 人



 「鬼眼の狂よ…お前のすべてを知りすべてを育んだ壬生の地へ還るがいい…ありとあらゆる万難を排し、我が元へ辿り着くことがかなうなら
  お前が知りたがっていた我が知るお前の出生の秘密を教えてやろう」

 「狂の…出生の秘密…?」

 「そして、はんには、ただ一言」














 「還っておいでと、そう言ってましたわ」















  先代の顔が 浮かんだ

  この言の葉も あの笑顔で言ったのだろうか

  あの紅の瞳を輝かせながら







 「…なら、私からの伝言も伝えて、『私は、私の選んだ道を行く』って」

 「…確かに、伝えておきますわ」














  鎮明の伝言を聞いて あなたは また 寂しく笑うのだろうか

 






















 「、」


  鎮明が去った後 狂が私の名前を呼んだ


 「な、」


  何 と振り向きながら言おうとしたけれど 言えなかった

  片手で引き寄せられて抱きしめられる

  私の肩に頭を置いて狂は動かない

  首に狂の髪が当たってくすぐったかった




 「狂?」

 「……」




  狂は何も答えない  

  無言の空気が辺りを包んだ

  でも 嫌じゃなかった

 
  私はそっと腕を伸ばして 狂の髪に触れた

  そしてゆっくりと撫でる

  先程 ほたるにしたように 髪の感触を確かめながらゆっくりと







 「…お疲れさま」
  
 「……」

 「それから…ありがとう」










  狂が何故ここまで強くなろうとしているか 理由を知っているから 

  私は『ありがとう』と言わずにはいられなかった






  そして 生きて帰ってきてくれてありがとうと 言わずにはいられなかった




















  
 「ありがとう」

  ただ その言葉が言いたい




  その言葉を告げたと共に強められた腕の力は とても温かかった











  





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