千の風 25話


  水の″彼″が来た

  だから

  きっと

  次に来るのは


  火の″彼″



















                







                                千 の 風 





















 「辰伶」

 「…?」

 「うわ…、何、どうしたの、その顔の傷」

  
  後ろを振り返った辰伶の顔には大きな傷があった

  額から斜めにかけて頬にまで達しているもの

  くっきりと跡が残っているあたり そうとうの出血だったろう


 「お前にそこまで傷を負わせるなんてな、村正にでもやられた?」

 「何故そう思う?」

 「今の今日じゃお前の相手にはならないだろ」


  みずちすらまともに打てない

  真の無明神風流を知らない今の狂では

  到底 舞曲の達人である辰伶にはかなわないと思うから


 「当たり?」

 「……」

  
  黙ったままこちらを見ているところから見ると

  恐らく図星だろう


 「…暗殺には失敗したが、その代わり賭けをしてきた」

 「賭け?」

 「そう、子娘の中に入れた水龍が心の臓を喰い破る前に、我が一族の野望を見事阻止できるかというな」

 「…何でまたそんなことを」

 「村正様は狂を希望だとおっしゃった、それが本当なら我々の野望を阻止できるはず」

 「……」


  辰伶の言葉にはあっと溜め息をつく

  子娘というのは 恐らくゆやという少女のこと

  敵であったシンダラとアンテラを救おうとした心優しい娘だった


  彼女は我々壬生とは何の関係もない人間

  それなのに 無関係な人間を俺達は巻き込んでしまった


 「のヤツ、怒っただろ」

 「……」

 「無関係な人間を巻き込むやり方、あいつは一番嫌うから」

 「……」

 「辰伶?」

 「何故…」

 「ん?」

 「何故、お前達はあんなヤツらを庇う?」

 「え…?」

 「何故そこまであのクズ共を護ろうとする?」

 「……」

 「あんな…生きている価値のない者達をっ!」


  辰伶が俺を睨む

  
  どうして 

  あいつらを庇うか?

  どうして

  あいつらを護ろうとするかだって?



  そんなの決まってるじゃないか



 「あいつらは俺とにとって大切な戦友なだけ」


  だから

  壬生じゃないから

  人間だから

  という理由だけで卑下されたくないんだよ



 「いくらお前でも俺の大事な戦友を傷つけることは許さない」

 

 「本当は関係のないゆやさんを巻き込んだっていうだけで許されないことだけど、ね」

 「…っ」




 
  薄く

  そして

  妖艶に笑うに辰伶は寒気を感じた


 
 「っ…」

 「まあアイツらは平気だろ、がいるし」


  いざと言うときは俺も動けばいい

  ただ

  心配なのは


 「アイツがのところに行くって聞かないことなんだよな…」

 「アイツ…?」

 「…ま、会えば分かるって」
  

 
  
  悪いな 

  また面倒なことになりそうだ













 



  ここはどこ?

  ふわりふわりと体が浮いている感触

  見えるのは硝子

  硝子を通り越して 何かが見える

  あれは 一体 何?



 「…」


 
  硝子を通して聞こえる声

  懐かしい声

  そう

  私は知っている

  この声の主を



 「あなたは…」


  ガラスの向こうに人陰が現れる

  金髪の髪に 金色の瞳

  懐かしい その姿


 
 「、待ってて」

 「え…?」

 「すぐに迎えに行くから」

 「え?ちょっと待って…!」


  姿が霞んで見えなくなる

  ガラスがパリパリと音をたてて割れていく



 「待って!!」



  




  ガラスが パリンと音をたてて 割れた















 「さん!」

 「…っ!」


  はっと目を開ける

  するとそこには心配そうなゆやの顔があった


 「ゆや?」

 「大丈夫ですか?随分うなされてたみたいですけど…」


  久しぶりに夢を見た

  硝子を通して見える夢 未来の夢 これから起きる夢を




 『すぐに迎えに行くから』

 
  次はあなたが来るというの?

  あなたと



  闘わなくてはいけないの?








 「さん…?」

 「…っ」

 「さん!顔色悪いですよ!?今誰か呼んできますね!」

 「大丈夫!大丈夫、だから…夢見が悪かっただけだから、心配しないで?」

 「でも…」

 「本当に大丈夫だから、ね?それに私としてはゆやの方が心配だわ」

 「え…?」

 「涙の跡があるもの、泣いて、いたのでしょう?」


  ゆやの頬に手を伸ばし 親指でそっと涙の跡を撫でる


  怖くないわけがない

  辰伶がゆやの体の中に入れた水龍は六十日を過ぎると心の臓を喰い破って出てくると言っていた

  もう 村正と狂が洞窟に入ってから二十日は経つ

  ゆやの命の期限まで四十日

  もう 時間がない


 
 「そ、そんなわけないじゃないですか!」

 「嘘、」

 「嘘なんかじゃありません、目にゴミが入っただけで…!」

 「ゆや」





 「私の前で無理はしないで」






  

  ゆやの気持が痛い程分かる

  焦る気持もよく分かる

  自分の命があと四十日しかない

  その恐怖と闘うことがどれ程辛いことか 考えるだけでも胸が締め付けられる



 「、さん…」

 「泣いたら泣き止むまで側にいてあげる、怖くて眠れないのなら朝まで一緒に話をしよう」


  だから


 
 「一人で苦しまないで」

 「…っ」



  ゆやの瞳から大粒の涙が溢れた

  まるで 私の言葉によって今まで溜めていたものが溢れたかのように

  何かの 枷から 解かれたように


  私はゆっくりとゆやを抱き締めて 頭を撫でた


 
 「、さん…っ、私、怖くて…!」

 「…うん」

 「いっそのこと、こっちから壬生の本拠地に乗り込んだらって何度も思いました…!」

 「…うん」

 「でも…!」

 「うん、狂のことを考えてくれたんだよね」

 「…っ」





  狂は今 村正と命懸けの修行をしている

  ゆやを助けるために

  私と



  自由にするために



  恐怖 焦り 不安 

  すべての気持が入り交じる

  どうしようもない気持になる

    
  でも
  

  私達が今できること

  それは



  狂と村正を信じて待つこと

 

 

 「信じよう、二人を」

  



  狂が
  
  どうして
 
  強くなろうとしているのか
  
  誰のために
  
  強くなろうとしているのか
  


  分かっているから

 


 「さん…」

 「それに約束したもの、生きて帰ってくるって」

 「そうですね…」

 「辰伶のことは気にしないで、狂と闘う前に私が先にあの綺麗な顔に一発殴るから

 「あは、はは…さんと辰伶ってどういう関係なんです、か?」

 「そうね…幼馴染みかしら」

 「幼馴染み?」

 「そう、兄弟みたいに一緒に育ったからね、私とと辰伶は、それとあと一人…」








  ドガァァァァン
  

  

  

  音が聞こえた

 

  それと同時に 懐かしい気を 感じた

  この気

  この闘気


  これは




 「な、何…!?」

 「…本当に、来たの」

 「さん…!?」






 『すぐに迎えに行くから』




  夢の中で会った彼を思い出す

  ああ

  間違いない





 「ほたる…!」













  

  水の″彼″が来た

  だから

  きっと

  次に来るのは


  火の″彼″





  ああ 火の薫りがする

  

  辰伶の次はあなたが来るってどこか心の中で思ってた



  





  


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