千の風
『信長と十二神将が動き出した』
『はぃ?』
『もう何人かは樹海に向かった、それで…』
『の、信長のくせに生意気なんだから…!』
『話を聞け?』
『は〜いv』
『…アジラがこっちに向かってる」
『アジラ?』
『お前がよく知ってるヤツだよ、名前は―…』
「わ―見て見てトラ!富士山があんなに大きく見えるわよ!!」
「もう箱根の宿場町や、だいぶ富士山に近づいたもんなあ」
「それなのに…狂も阿国さんもどこいっちゃったのよ!あの二人絶対一緒よ!!」
「おいていかれたのくやしいのは分かるけどな、見当もなしに探したって見つからんでゆやはん…」
「おいていかれたのが問題じゃないの!二人一緒ってコトが問題なんでしょ―!?ねえ!!さん!!」
ゆやはまるで鬼のような形相で振り向いた、その顔はまるで般若のようで、紅虎は顔を引きつらせた
しかしは焦点の合っていないような目でで余所見をしながら歩いている
まったく反応がないところを見ると、どうやら今の話を聞いていないようだ
「さん…?」
声を掛けでも上の空で、ボーッとしながら歩いている姿は端から見ていると危なっかしい
「さん!」
「はいぃ!」
ゆやに大きな声で呼ばれては素頓狂な声を出した
「大丈夫ですか?何かぼーっとしてたみたいですけど…」
「え?ああ、大丈夫大丈夫、少し寝不足なだけ」
にこりと笑ったの顔は青白く、太陽の光が当たるとその白さがより際立った
「はん、顔色悪いで?」
「そう、かな?」
「そうですよ!ごめんなさい、全然気付かない上に散々連れ回してしまって…!」
「大丈夫大丈夫、ゆやは悪くないよ、本当に昨日ねよく眠れなかっただけだから」
ゆやの髪を優しく撫でるであったが、ゆやの表情は暗いままであった
「でも、」
「それにそろそろ御夕飯の時間だし、どのみち狂を探しに行けないと思っていたから、ね、それに」
――狂と阿国さんが二人一緒にいるなんてやっぱり気になるじゃない?
パチンとウィンクをして悪戯っぽく笑えば、ゆやはしばらく瞬きをした後、可笑しそうに笑った
「こんな所で何を考えていらっしゃるの?」
狂がゆっくりと後ろを振り返ると、そこには長い髪を風に揺らせながら立っている阿国がいた
「―どこまでついてくる気だ?阿国…これ以上ついてきてもキサマには何の得もねぇぞ」
「…あらひどいわせっかく二人っきりになれたというのに…冷たいのねぇ、それともゆやさんのことが気になるのかしら?…妬けるわねぇ」
阿国の言葉に狂は何も反応しない
「人を…特に女の人を自分の側におくことを極端に嫌う貴方がどうしてゆやさんの同行をゆるしているのか…似ているのよね…
外見とか…そういうものではなく…どこだとははっきり言えないけれど…ゆやさん…どこか朔夜さんに似ているのよね―」
「……」
「でもね…ゆやさんと朔夜さんがある人に似ているのよ…そう…さんに」
『』という言葉に狂は僅かに反応をする
――さんの名前には反応するのね…と阿国はふっと笑った
「以前から貴方が側においているのはさん只一人、本当は貴方が誰よりも愛しいと思うには朔夜さんでなくさんなのでしょう?」
固く目を閉じたまま、狂は何も答えない
「昔、貴方と共に数多の死線をくぐり抜けた方々―『四聖天』、死神と呼ばれた彼らにさえ愛されていたさん…
でもその中で貴方が最も信頼していた『双頭の龍』のアキラは今『アジラ』のコードネームとともに貴方の不倶戴天の敵、十二神将の一人として君臨しているのよ!!」
「……」
「かつて味方だった彼がなぜ敵方に寝返ったのか謎だけど…貴方の側にさんがいることを知ったらアキラさん…どうするかしら?
貴方と互角以上の闘いができるアキラさん相手にどうするおつもり?」
風の嘶く音と海のさざめく音以外には何も聞こえなかった
狂は相変わらず何も答えない
彼は一体何を考え、何を思っているのか、阿国には分からなかった
自分の躯のこと?京四郎のこと?朔夜のこと?ゆやのこと?
それとも―…
「――関係ねぇな…オレは躯を取り戻す、ただそれだけだ」
ようやく紡がれた狂の言葉は、とても彼らしい答えで、阿国は笑ってしまった
「…そういうと思った…」
本当に覚悟が必要なのは彼にどこまでもついていこう決めた自分自身なのではないかと、阿国は頭の片隅で思う
「さんって朔夜さんと同じ力を持っているんですね」
「ああ…阿国さんから聞いたの?」
「はい、あと…昔狂と旅したことがあるとか、『舞姫』と呼ばれていたとか、お兄さんがいるとか…」
「もう、阿国さんたら喋り過ぎだわ…」
片手に手を当てては溜め息をつく
「それに夢で見ると言っても私の未来見の力は弱いから、見たものが確かな未来であるか不確かな未来であるかは分からないのよ、私よりの方が確実」
「お兄さん、ですか?」
「そう、兄の方が私より優れた力を持っているのよ、未来見の力も――風を操る力も」
はゆっくりとすらりと長く、白い右手を前に出した
すると肩に止まっていた早矢がピイッと鳴く
その鳴き声が合図だったかのように、三人の回りに暖かい風が集まり、ゆやと紅虎の頬を優しく撫でた
「これ、は」
「これが私たちのもう一つの能力、風を操る力…早矢は『風鳥』っていう特殊な鳥でね、従えている者は風を自由に使うことができるの」
は懐から薄紅色の扇を開き、ゆっくりと扇いだ
風がを包み込み、漆黒の長い髪が宙に舞う
その様子は風に好かれているようで、まるで幻想的な世界にいるようであった
「扇…?」
「扇があった方が威力が増すの、だから闘うときはいつもこの扇を使っているのよ、でも…どうやらその闘い方が踊っているように見えるらしくてね」
「だから『舞姫』って呼ばれてるんか…」
「当たり」
「さんも?」
「もちろん、も『舞姫』って呼ばれてるの、本人は自分は男なのに不本意だ!って怒っているけれど」
は可笑しそうにクスクスと笑った
柔和に微笑む彼女に、ゆやも紅虎もその温かな雰囲気に包まれて、つられて笑ってしまった
――だから、誰も気付かなかった
『、あいつが近くにいる』
「――分かってる」
彼女が親しみやすそうな笑顔の裏で、目を鋭くさせながら僅かに殺気を纏っていることに
「除き見なんて悪趣味なんじゃない?」
は誰もいないはずの路地裏に話しかける
少し寄りたい所が出来た、と適当な嘘を付いてゆやと紅虎から別れ、彼女は今ここにいる
「除き見だなんて失礼だなあ…折角様子を見にきてあげたのに」
少年特有の高い声が聞こえたかと思うと、そこには淡い緑色の髪の少年がカードを口にあてながらそこに立っていた
「時人…」
「久しぶりだね、…元気だった?」
「どうしてここに」
「に頼まれたんだよ、の様子を見に来てこいってね」
「…脅されたの間違いじゃなくて?」
「それを言わない約束」
自分から視線を逸らした時人を見て、ああ、やっぱりとは思う
その顔が微妙に青ざめているのを見て、同情心が芽生えたのは言うまでもないこと
一体彼らにどんな会話が成されたのか、考えただけで寒気を感じたため、はそれを止めた
「それにしても、本当に外に出たんだね…そんなにあの鬼の子を助けたい?」
「…当たり前でしょ」
「ふうん…自分の兄を犠牲にしてまでも?」
「え…?」
時人の言葉に、逸らしていた視線を戻した
思考が一瞬止まり、彼の言った言葉の意味が分からなかった
「ちょっと時人…今のどういう意味…?」
「あれ、知らなかったの?てっきり吹雪さんから聞いてるものだと思っていたけど」
「吹雪!?」
頭の中に冷たい眼差しで自分を見るある男の姿が浮かんでは消える
「の今の状態は僕のカードでいうと、この『吊るされた男』と同じ…どうして君が外に出ることが出来たか分かっている?」
時人は薄く笑いながらカードを見せた
「吊るされた男」が表すものは、自己犠牲・放棄・停止・困難…
カードの意味が頭を巡り、の背中に冷たい汗が流れ、心臓が煩いくらいに音をたてて鳴った
「ちょっと…!!吹雪は一体に何をしたの!?」
「自分の目で確かめたら?ああでも…真実も知ったらきっともう…鬼の子の側にはいれないね」
「どういう意味!?…っ」
時人に掴み掛かろうとしたその時、の視界がグラリと揺れた
「う…」
「?」
時人の顔がぐにゃりと歪み、まるで水紋にも似た紋様が空間に広まる
こんなときに、と舌打ちをする
が持つ夢で未来を先読みする力は、単に夜に寝ている時に発動するわけではなく、昼間に白昼夢として見てしまうときがあるのだ
――これは、これから起こりうる未来か
徐々に明確に見え始める映像に、は息を呑んだ
―― あ の 男 は
「あいつ…!」
は自分を襲う睡魔から逃れるように目を大きく開き、ピュイっと口を鳴らした
すると肩に止まり、二人の様子を伺っていた早矢は銀色に光り出し、を淡く包み込む
眩しくて目を開けていることが出来ず、時人は目を瞑った
「ちょっと!何をするつもり!?」
「時人…吹雪に言っておいて…!に何かしたら絶対に許さないって!」
目蓋の奥の光が薄らぐのを感じ、そっと目を開いた時人は息を呑んだ
――姿を表したの背中には銀色の大きな翼が生えていた
「どんな真実があろうとも 私は絶対に狂を護るってね!」
淡く光る銀の羽を力強く動かし、はそのままバサッという音と共に飛び去った
「待ってなさいよ…アキラ!」
「ねえ…と鬼の子のどちらかを選ばなくてならなくなったとき、君はどちらを選ぶの?」
時人が最後に呟いた言葉は風に消されてしまい、誰も聞き取ることが出来なかった
何時の間にか無人となったその路地裏では、銀色の羽がいつまでも静かに風に揺れていた
『アジラがこっちに向かってる』
『――誰?』
『お前のよく知ってる人間だよ、名前は―…アキラ』
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