千の風
「後ですべてを話す」って言ったけど、それは只の口実
貴方に夢の内容を話してしまったら、本当にそうなってしまうんじゃないかって、そう思うとすごく怖かった
――場所は江戸の一角にある旅籠
御前試合が終了し、すでに三日が経過したというのに、狂一行は未だにこの江戸に滞在していた
理由は分からない
あるとすれば、狂がこの江戸から離れようとしなかったから、と言えるだろう
狂の躯の在り処が青木ヶ原の樹海にあると分かった以上、一刻も早く出発した方がいいのではないか、とゆやは首を傾げていた
途中で合流した阿国は狂が朔夜を探すためにここに留まっている、と言っていたが、ゆやには別の理由があるような気がしてならなかった
そう、例えば
「気になりますか?狂さんとさんの関係が」
「え…!?」
まるで自分の胸中を読まれたようで、咄嗟にゆやは阿国の顔を凝視してしまった
「まあ無理もありませんわね、あの鬼眼の狂と呼ばれる漢が一人の女に執着しているのですから」
「確かになぁ、狂はん、はんといるとえらい雰囲気が変わるもんなぁ」
頬をかきながら紅虎は彼らがいるであろう、隣の部屋に目をやる
本来なら宿泊する部屋は一つで十分なのであるが、今回彼らは一つ多く部屋を取っていた
という少女が増えたことも理由の一つであるが、それ以外にも理由があった
――が狂の側を離れようとしないのだ
何かから護るように、そして何かから恐れているようにも見受けられる彼女は、片時も狂の側を離れようとしなかった
ここまでくると気になってしまうのは、やはり彼らの関係であるわけであって
「さんは、四年前に狂さんとその仲間、四聖天と共に数多の視線をくぐり抜けた舞姫ですわ」
静かに、そしてはっきりとした口調で阿国の口から語られた事実は驚愕するには充分であった
「嘘…!」
「はんが!?」
「信じられないでしょう?あの細い身体で大の男共に怯むことなく立ち向かっていくなんて……初めて見た時は我が目を疑いましたもの」
片手を頬に置いて、はあっと阿国は溜め息をついた
「だからなんでしょうね…狂さんがさんを側に置くのは」
「え…?」
「共に闘うことが出来るから、お互いがお互いの背中を預けあい信頼することが出来るから…共にいて居心地がいいのでしょう」
「……」
確かに、と話す時の狂は、普段の刺々しい殺気がなかったように思う
彼女を見る紅い眼は、ゆやの知る限りでは闘気でギラギラと輝いていた
しかし、の前では、それが嘘のように落ち着いているのだ
まるで愛しいものを見るような眼差しとも言えるものに変わった時、鬼眼の狂が只の普通の漢に見えた
「それに放っておけないのでしょうね、さんは、朔夜さんと同じ先未来の力を持っていますから」
「何やて…!?」
「朔夜さんと、同じ…?」
「ええ、でも朔夜さんとはまた違い、さんは夢で未来を見るという力をお持ちなのです」
「……」
「故に彼女も権力者から狙われる存在なのです…さんは、そして、さんも」
「?」
初めて聞く名前にゆやは首を傾げた
「さんは、さんの双子のお兄様であり、同じ未来見の力を持つお方、四年前に狂さんと行動を共にしたお方…そして」
阿国は身体を震わせながら、そして恍惚した表情で言葉を紡いだ
「あの鬼眼の狂や京四郎様と対等に闘える唯一の方と、聞き及んでおりますわ」
「、」
「…な、に」
「そろそろ教えてもらおうか」
「……」
「一体てめぇは何を『見た』?」
は何も答えない
この会話のやりとりは今日を数えて三日間、何回行われたのだろう、考えるだけでも面倒臭かった
「」
「……」
少し口調を強くしても、の狂の腕に絡み付く腕の強さが増すばかり
狂の足と足の間に座り込み、自分に真正面から抱き着く彼女の身体は僅かに震えているように見られた
言いたくないのなら無理に聞く必要はないと思っていた、向こうから自然と話してくれるだろうと当然のように思っていた
何かに怯えるように自分から離れようとしないことに、何か理由があると思っていた
しかし、は何も語ろうとはしなかった
そしてそのままズルズルと三日間が経過し、流石に狂にも焦りの苛立ちの色が見え始める
「テメェ、いい加減にしろ、いつまでもこんな所で油打ってる暇なんざねぇんだよ」
ビクリと身体を震わし、ようやく離れたの顔は、今にも泣きそうな表情をしていた
「きょ、う」
「…何があった」
そのまま頬をするりと撫でれば、は自分の掌を狂のそれに重ね、そして唇をぎゅっと噛み、俯く
「夢を見たの、狂が、信長と闘っている夢を」
「……」
「そして、血を流して倒れてしまう夢を、見たの」
「…それで、ここへ来たのか」
「…狂を助けたいと思ったから、私が見たのは不確かな未来でもあり確かな未来でもある、今回見た夢が後者だとしたら…私が動くことで何か変わるかもしれないと思ったの」
「……」
「ずっと黙っていて悪かったと思ってる…でも、もし口に出してしまったら本当になってしまうんじゃないかとすごく恐かったの」
情けないよね、とは自分自身にに嘲笑した
言霊のように、紡いだ言葉が真実になるのが怖かった、恐ろしかった
「ばかじゃねえの」
しかし、そんなに対して狂の口から出てきた言葉は呆れの台詞であった
加えて額にバチンとデコピンをされる
痛い!と非難する声も出なかった
すごく痛い、額がヒリヒリする
「な、何するの!」
「テメェが悪い」
「何で!」
「この俺様が本気でアイツごときに負けると思ってんのか」
「そ、それは、」
「京四郎をブッ殺し、最強の称号を取り戻すまで俺は絶対に負けねぇ」
「……」
「テメェがどんな夢を見ようが俺には関係ねぇ…勝つのは俺だ、分かってんだろ?」
一体その自信はどこからくるのだろう
昔から狂の性格には頭が痛くなることが度々ある
言葉は悪い、自分至上主義、そして自分が強いことを疑わない
しかし、そんな彼ではあるが、嘘をついたことはこれまで一度もなかった
確かに言葉は悪いが、その裏には優しさがあることは幼い頃から共にいる自分がよく分かっている
――今の台詞も『気にするな』って言ってくれてるんだよね?
「何か、悩んでいる自分が馬鹿馬鹿しく思えてきたわ」
「テメェが考えすぎてんだ」
「…うん、そうかも」
「後ですべてを話す」って言ったけど、それは只の口実
貴方に夢の内容を話してしまったら、本当にそうなってしまうんじゃないかって、そう思うとすごく怖かった
でもそんな心配はいらなかったね
貴方を信じる気持ちがあれっば、きっと良い方向に向かうはず
「ありがとう、狂」
そんな貴方だから、護りたいと思うんだ
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