千の風
「今のアイツは昔のアイツじゃない」
そうが言っていたことが、ずっと胸に引っ掛かっていた
四年振りに貴方を見たとき、その変わり様にすごく驚いたけれど
私の大好きだった紅い眼が、昔と変わらず綺麗なままだったから
貴方がまだいるって実感できたんだ
「―何があったのよ…これ…」
御前試合すべてが見渡せるぐらいの高さをがある木の上で、言葉と共に出てきたのは呆れにも似た台詞と溜め息だった
狂が出場すると聞いたため、遥々江戸までやって来たというのに、一体これはどういうことか
「会場は火の海で鉄砲隊は何故か全滅、残ってるいるのは数人の人」
下に視線をずらせば、そこには剣を交えている二人の男の姿が目に入る
一人は肩まで伸びた癖のある髪を揺らしながら、死合の最中だというのに、始終を笑顔を絶やさない青年
そして、もう一人は、短い髪を風に揺らしながら、その眼差しですべてを射殺してしまいそうなほどの、瞳に強さを感じる紅い眼の青年
「まったく、何をやってるのかしらね…」
口では呆れたように言っているけれど、は自分の顔が弛んでいるのを自覚していた
口がゆっくりと弧を描き、自然と込み上げる感情
それは、彼らに対する懐かしさか、それとも、愛しさか
「見つけた」
どちらにせよ、彼らに、いや、「彼」に会えた喜びで胸が満たされていたのは確かだった
「…なかなか決着がつかないねえ〜」
「だからどうした…」
「やだなあ心配してあげてるのに、 だってボクたちが闘り始めてもうすぐ十分だよ…?狂さんそろそろ限界でしょ?」
目を細め、柔和な笑顔でクスクスと笑う幸村に対して、狂は眉を潜めた
その端正な横顔からは僅かに焦りの表情が伺える
それは彼の顔に僅かに光る汗が、証明していた
幸村の言う通り、狂の身体に「限界」という二文字が見え隠れし始めていた
「京四郎さんの体を依代としている君の魂が闘いにおける極度の緊張感に耐えうるのは十分が限度…それ以上闘うと心と体のバランスが保てなくなり魂が消滅してしまう…」
ボクも人の心配してる場合じゃないけどね、と幸村は相変わらずの笑顔で飄々と言った
しかし、顔は穏やかに笑っているように見えるけれども―…目が、まったく笑っていなかった
侍の性が、彼の本性が瞳に映り、ごうごうと音を立てて燃えているようだ
「そろそろ…お互い――本気で闘ろうか」
刃先に映る快楽を味わうかのように、幸村はぺろりと己の唇を舐めた
幸村と狂の死合は正に真の侍のそれそのもの
強い者と闘える、その喜びが大気を通しての肌に直に伝わってきた
生と死の境のギリギリの場所の緊張感を味わう楽しさ
まったく、ここまで来れば只の快楽主義者にじゃないの、と苦笑いをしてしまう
「―そろそろ、時間、かな」
このまま二人の闘う様を最後まで見ていたいけれど、生憎と、時間が刻々と迫ってきている
頭には数日前のとの会話が思い出されていた
『今のアイツは昔のアイツじゃない』
『どういうこと?』
『狂が今、京四郎と体を共有してるってことは知ってるだろ?』
『うん…』
『自分の体じゃないからな、闘い過ぎると心と体のバランスが崩れるんだ、まあ…せいぜい十分がいいところだろ』
『そんな、たったの十分!?』
『仕方ないだろ、自分の体じゃないんだから』
『…もし、その制限時間を過ぎたら…狂はどうなるの?』
『…多分、また京四郎と入れ代わるか…もしくは…魂の消滅だろうな』
「冗談じゃないわ」
死なせるものですか、とは小さく呟いた
いつの間にか手を強く握りしめていたようで爪が肌に食い込み、痛みを感じた
死なせるものか、殺させるものか――私はあなたを護るためにここにきたのだから
まるで呪文のように自分に言い聞かせる
ぎゅっと目を瞑り、深く深呼吸をすると、いくらか心が軽くなった気がした
「そうと決まれば」
は指を曲げて口に加え、思いきり強く息を吐いた
ピィ−ッという高い音が空気を木霊する
それは指から生まれた独特の高い音で、耳によく震え、そして静かに大気に溶けていった
時折吹く風が音を運び、更に遠くまで響かせているのではないかと思う程、指笛の音はしばらく鳴り止むことはなかった
「来た」
ようやく指笛の音によって震えた鼓膜の振動が静まったころ、次に、バサバサという羽の羽ばたく音が聞こえ始めた
はそれが合図であったかのように、右腕を前に差し出す
『呼んだ?』
頭の中に響くのは――不思議な声、透明さを帯びた、声
「うん、お願いがあるの、あの二人を止めてきてくれる?早矢」
そう言っては指先で下を指した
早矢と呼ばれたその鳥は素直にその指が指された方向を見た
『…が止めた方が早いんじゃない?』
「私が言ったら余計に状況が悪化するわ」
『でも、鬼眼を護ることがの目的でしょう?』
「私だって今すぐにでも二人と止めたいわよ、でも、」
『でも…?』
「護りたいと思う気持ちよりも、今は、会えるという恥ずかしさの方が強いのよ」
頬をうっすらと染めて顔を背けるを見て、早矢は成る程ね、と笑いを堪えた声で答え、そして飛び去った
「地獄に送ってあげるよ!!」
「行くのはてめぇだよ!!」
下ではすでに、二人の侍の死合いに決着が着こうとしていた
狂が振り下ろした刀を幸村が薄く笑いながら避ける
一瞬、視界から消えてしまった幸村に狂の動きが止まった
それを見逃す彼ではなく、隙を見て狂の懐に入り込む
「もらったv」
「な、なんて速い飛び込みや!!これで狂はんの長刀は逆にアダになってしもうた…!これは絶対によけられんで!!」
狂の長刀は普通の刀の二倍以上の長さがある
間合いは圧倒的に広いが逆に懐に入られると弱いという弱点があるのも然り
しかし、それを知っているであろうにもかかわらず、狂は自ら間合いを詰めた
幸村の刀が容赦なく狂に襲い掛かる
「じ…自分から間合いを詰めた…!?まさか狂はん死ぬ気か!?」
「いやああああああああああ…!!!」
ゆやが悲鳴を上げ、反射的に目を瞑った
『そこまでだよ、鬼眼』
「え…?」
その時、この場に相応しくない程、清廉とした声が響いた
声が合図であったかのように、激しい風が狂と幸村を包む
目が開けていられない程の強い風は、どうやら二人の間に中心があるようで、あと少しで間合いがゼロになるところが、
風のせいでこれ以上お互いに近寄ることは出来くなってしまった
「ぎ、銀色の鳥や…!!」
まるで月の光に照らされているように淡く銀色に輝いている鳥が、同じ銀色の瞳を光らせながら彼を見ていた
「早矢…?」
「狂、この鳥を知ってるの?」
「……」
狂は何も答えず、只、鳥を睨んでいる
「え?早矢っての鳥だよねぇ」
その幸村の言葉にゆやは勢い良く振り向いた
「幸村さん知ってるんですか!?」
「うんもちろん知ってるよv っていうすっっっっごく綺麗な女の子の鳥なんだよ〜v」
「?」
「誰なん?」
聞き慣れない言葉に、ゆやと紅虎は首を傾げる
「うーんそうだなぁ…狂さんが朔夜さんより大事に思ってる人…かな?」
「え…!?」
幸村の言っている意味が分からず、ゆやがもう一度口を開こうとしたその時、
「久しぶり、狂」
その声にその場にいた全員が振り向くと、少女が笑いながら立っていた
四年ぶりに貴方を見て
その変わり様にすごく驚いた
でも
私の大好きだった紅い眼が
昔と変わらず綺麗なままだったから
貴方がまだいるって実感できた
やっと 貴方に 会えた
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