なんて失礼な人なの!でも、憎めないヒト。
ふわり、ふわり。身体が宙を浮いているかのような不思議な感覚を覚えた。
しかし、まったく嫌ではなくて、逆に気持ちいいとさえ思った。あまりにも優しすぎるこの感覚と耳が痛いほどの静寂が合わり、
眠気が襲う。閉じている瞳を開けることすら億劫で、このまま流れに身を任せて眠りについてしまおうかと思った。の、に。
「いつまでそうやって寝ているつもりだ、この馬鹿娘!!!!!」
「うわおえええええ!!!?」
一瞬にして静寂が崩れ去り、耳を覆いたくなるほどの怒声にの意識は完全に覚醒した。怒鳴り声にプラスされて、頭を思いきり
叩かれれば嫌でも起きてしまうともいうもの。あまりの痛さと、不意打ちの出来事にはまったく色気のない悲鳴を上げてしまった。
「い、いた…!本気で痛…!」
「ふん、いつまでもグースカグースカ眠っているからだ、この阿呆め」
俺が直々に起こして来てやったんだ、感謝しろ、と自分の頭を叩いた張本人のあまりにも尊大な態度に、は怒りを通り越して悲しくなった。
(どうして見ず知らずの人にここまでされなくちゃいけないの…!)
「まったく、こんな非常事態に呑気に寝ていられるなんて、一体誰に似たんだか…」
ここまで馬鹿だとは思わなかった、と呆れたように男は溜め息を吐いた。
―――――ちょっと、本当にこの人は一体誰なんですか。どうして私がここまで言われなくちゃいけないのしょう?
初対面の人間にここまで罵倒するなんて失礼にも程がある、とは目の前にいる青年をきっと睨んだ。
しかし、男は私の睨みなんて屁でもない、というように涼しい顔をしている。(この余裕さが更に苛つきに拍車をかける…む、むかつく…)
「どうした?そんなに俺の姿をじっと見つめて…ああ、もしや、俺に惚れたか?」
「だ、誰が…!あんたなんかに…!」
「照れるな」
「いやいやいや、勝手に納得しないでくださいよ!」
本当に一体この男は何者なのだ、とは眉を顰めた。まったく、自分はこんなところで油を売っている暇などないというのに。
そう、自分はこんな…そこまで考えて、まるでフラッシュバックのように断片的なシーンが脳内に 流 れ 込 ん だ。
「あ…」
「…やっと、本当の意味で『起きた』か、」
耳にまとわりつく背筋が凍るような、まるで断末魔の叫び声。身に覚えのない声。しかし、本能では分かっている。あれは――虚だ。
「は、早く…!」
「帰ってどうする?今のお前は足手まとい以外の何者でもない」
「でも!一護が危険な目にあうかもしれないのを、黙って見過ごすなんて出来ない!」
目の前にいる男の服をぎゅっと握る。震えが止まらない――ああ、これは恐怖だ。
すべてを、また、失ってしまうのではないかという、恐怖。もうこれ以上何も失いたくない。ただ、それだを切に願う。
すべてを失った私を温かく迎え入れてくれたあの黒崎家の人たちを、絶対に失いたくない。自分の居場所はここだと教えてくれた。
もう一人じゃない、と抱きしめてくれた――幼い頃からずっと一緒にいてくれた一護を、私は、失いたくない。護りたい。
「――そうか、」
その男はただ、一言呟いた。
そして、私の頭をさらり、と優しく撫でた。さきほどの態度とは打って変わった、あまりにも優しい手つきで。
「お前がそこまで願うのならば、その望みを叶えてやろう、俺はそのために存在しているのだから」
にや、と不適に笑う顔に、はまた不思議な感覚に陥った。それはさっきから少なからずとも、感じていたもので。
どうしようもなく―――彼を、懐かしいと思う。
「あ、貴方…いった、い」
ぐらり、と視界が霞んだ。ああどうしてこんな大事なときに、とは唇を強く噛む。
まだ、まだ、聞きたいことがたくさんあるのに。こんなところで意識を失うわけにはいかない、の、に。
そして世界は再び暗転した。
「――俺の名は"麒麟"…今のお前に告げる名は、コレで充分だ」
お前の願いのために、俺はいつでも呼び掛けに応えよう。
それまでどうか、おやすみ。
その名前を口にしたとき、本当の意味ですべてが始まるのだから。