ドリー夢小説
    差し出されたその手には、一片の打算もなく













 「あの子を殺して」


  
  赤い椿がよく見渡せる回廊で、僕はふと足を止め、先ほど言われた言葉を思い出す



 「一之宮先生に助けて頂きたいことがあるのです」



  女性特有の高い声で、そして明に艶のある色っぽい声で言われた時には心が躍った
  
  きっと美人な女性に違いない、と豪語する僕を見て、ヨーコちゃんと春華は冷めた視線を向けていたけども





 「殺す?一体誰をですか、僕の専門は人を殺すことではありません」
 
 「もちろん存じておりますわ、先生は妖怪などの妖しを退治する家業をお持ちなのでしょう?」
 
 「分かっているのなら、何故?」






  頭がくらくらする

  あの女性がつけていた香水の匂いを思い出すたびに、胸がむせかえる感じがした

  金の蝶の文様が刺繍された黒い着物を着ていた今回の依頼者は、和服美人という文字がピッタリと合うような女性だった

  しかし、僕の彼女に対する第一印象は最悪である

  人の良さそうな顔をしながらさらりと「殺す」という単語を出したことが大きな理由だ

  あの笑顔に心なしか寒気を覚える







  ――では、何故依頼を引き受けた?







  頭の中でもう一人の僕が問いかける

  風が吹き、勘太郎の髪を優しく撫でた
 
  椿の甘い香りが鼻をくすぐる






 

 「そうだね…気になるから、かな?」







  思い出すのは、先ほど聞いたあの言葉





 「あ の 子 は 化 け 物 で す 」






  好奇心から?

  興味があるから?

  化け物と聞いていてもたってもいられなかったから?



  違う






 「どうしてだか分からないけれど、会わなくてはいけないような気がしたんだ」





  勘太郎はそう呟いて、廊下の一番突き当たりにある部屋へと急いだ










 



 「失礼しまー…、っ!?」


  襖を開けるとそこには光がない、闇がすべてを支配する空間だった

  光も音もない

  視覚と聴覚が閉ざされた異空間のようである

  しかし、段々と目がこの暗さに慣れてきたようで、部屋の輪郭が徐々に認識できるようになる

  どうやらこの部屋には窓は一つしかないようだった

  しかし、その窓には何か、そう黒いカーテンで閉められている

  だからこんなに黒いのか…と勘太郎は一人で納得をした

  ――――――その時




 「誰?」



  声が聞こえた

  か細く、今にも消えてしまいそうなほど弱々しい

  少し高めの声が少女のものであると辛うじて分かった



 「君は…」

 「質問しているのはこっちよ、人の部屋に勝手に入ってきて、誰なの?」


  
  先ほど感じた雰囲気とは打って変わるそれに僕は少したじろいだ

  どうやら声の主は部屋の一番隅にあるベットの上で足を抱え込むようにして座っているようだった

  そのベッドに接している壁に黒いカーテンがかかっている大きめの窓がある

  

 「僕は民俗学者をやっている、一ノ宮勘太郎、と申します」

 「…どうしてそんな偉い先生がここに?」

 「それは…」



  そう言われると返答に困ってしまう

  この家の主人と思われる女性はこう言った

  あの子は化け物だからどうか殺して、と

  妖気を全く感じない、この少女のどこか化け物だと言うのだろう


 
 「まあいいわ…貴方も結局は同じなのでしょう?」

 「同じ?」

 「そうよ、どうせ」



  ふわりと風が吹いた

  窓を隠していたカーテンが風によって宙を舞う

  露になった窓には黒い鉄格子が頑丈にはめられたいた

  まるで檻のように見えるそれ

  彼女を決して外には出さぬという意志がはっきりと伺える

  ゆっくりと鉄格子の隙間から僅かに太陽の光が差し込み、ゆっくりと彼女自身を照らし出した

  ――自分の、息を飲む音が、やけに大きく、響いた
 

 

  「何を驚いてるの?私が化け物だと分かっていてここに来たんでしょ?」




  彼女の背中には翼が生えていた

  そう、春華と同じ、深い深い闇の色の翼が

  まるで意志を持っているかのように、彼女の体を優しく包んでいる




 「…黒天狗…!?」



  先程まで感じることのなかった強い妖気が部屋を満たした

  妖気の元は間違いなく彼女である

  しかし、彼女には妖怪の霊気と人間の生気が交ざりあっているかのように感じるのは何故なんだろう



 「君は、まさか…半妖なのか…?」

 「当たり、だから私は”化け物”なのよ」

 「…一体、どちらが…」

 「父親の方、母親は霊力が高い人間でね、そのせいか、妖怪の姿を見ることも可能だったらしいわ、
  ”人ではない何かが見える”、それだけでも一族から忌み嫌われていたというのに、ある天狗と恋に落ちて、その化け物の子を身籠った
  子が生まれると同時に母親は殺され、赤子でさえも殺そうとする一族から護るために、父親は自らの霊力すべてを継承することによって子を護った、
  力を失った父親はもう人間同然…一族に殺された」

 「そん、な」

 「父親と母親は死んだ、次は子の番だ…ありとあらゆる手を使って一族は子を殺そうとしたけれど…できなかった、なぜなら、死んだ父親の妖気が子を護っていたから
  だから、殺すことはできないと悟った一族は子を牢屋へと閉じ込めた、そこは子の母親を閉じ込めていた部屋でもあった」

 「……」

 「天狗と恋に落ち、あろうことかその子を身籠ってしまったために、母親はこの牢屋に死ぬまで入れられたのよ」

 「……」

 「因果よねぇ、母親と同じ牢屋に入れられるなんて」

 「…ここを抜け出そうとは思わなかったの?」

 「私は”化け物”、例えここを出ても行く場所なんかどこにもないわ」




  黒天狗であった父親、霊力の高かった母親

  そんな彼らの血を引いている彼女であれば、こんな牢屋から抜け出すことなど容易いであろうに



  ――敢えてそうしなかったのには、理由があったの、か




 「居場所なら、あるよ」

 「…え?」

 「僕の家まで来ればいい」





  自分で何を言っているのだろう、と思った

  自分の家に来い?

  初めて会ったのに、初めて言葉を交わしたのに、初めて君の漆黒の瞳に僕が映ったのに


  ――彼女の心の内に巣くう深い闇を、僕は、まだ知らないのに 




 「何を、言って、」

 「僕の家にはね、君と同じ黒天狗や、妖狐の女の子とか、白天狗のエラーイ神様が住んでるんだよ」

 「嘘、」

 「嘘じゃないよ」

 「そんな、どうして?あなたは妖怪退治屋でしょ…?悪さをする妖怪を退治することが仕事じゃないの?」

 「確かにそれも一理あるけどね、僕もね君のお母さんと同じで昔から妖怪が見える力を持っていたんだ
  でも、その力を恐れられて、人間の友達が一人もいなかった…妖怪だけが僕の友達だったんだ」

 「……」

 「だから、そんな友達を救ってあげる、それが僕の退治法なんだよ」



  私は、あなたの友達なんかじゃないわ


  そう言って君は僕を睨んだ

  そんな姿を見て可愛いと思ってしまうなんて、本当に僕はどうしてしまったのだろう
  

 「……」

 「だからね、まずは、君の名前を、教えてくれるかな?」

 「…名前なんか、ないわ」

 「…え?」


  絶句



 「小さいころから、私は、”化け物”と呼ばれていたから」

 

  
  ああ

  ほら

  彼女を知りたいと、彼女に触れたいと、彼女を救いたいと、心が悲鳴をあげている

  同情心?

  違う

  もっとそれより、深く、熱い、何かが僕を包んだ





 「…なら、君に名前をあげよう」

 「え…?」



  名前を付けるということがどういうことか、君は分かっている?









 「””」







 
  僕はそう呼んで、彼女に手を差し出した

  ””と呼ばれた少女は大きな、そして吸い込まれるような漆黒の瞳で僕を見つめる

  


 「ここから外に出て、僕と一緒に行こう」




   少しの静寂のあと、は戸惑いながらもゆっくりと自らの手を差し出した

   伸ばされた手を、僕は強く握る









  「これからは、もう、一人なんかじゃないよ」

 


 




  ――差し出されたその手には、一片の打算もなく

  その手には不安、恐れ、懇願、期待、喜びが混ざっているように見えた

 
  
 







     
 
  




(勘ちゃん大好きです、愛)