ドリー夢小説


  雨の残り香がする季節
  
  ようやく梅雨も明け、じめじめとした空気が無くなった頃

  毎日のように太陽が顔を出し、今までの湿った空気を追い払ってくれるのはとても気持ちがいいとリベザルは思った

  このベランダから出て九彼山の景色を眺めるのは気分が爽快になる
 
  リベザルは何をするわけでもなく、ただ、手摺に腕をついて瞳を閉じていた

  風が九彼山に纏う空気を運んできてくれる。いい匂いだ

  真夏の到来が近いことに、山全体が喜んでいるように思えた

  しばらくはこの空気に身を任せていようか、そう思い、リべザルは開きかけた瞳を再び閉じようとした


  ――その時



 (――あれ?)


 先程とは違う空気が鼻に匂う


 (――何だろう?)


  空気が変わった、とでも言うのだろうか

  リべザルは自分が慣れ親しんでいる場所の空気を読むことがとても上手かった

  だから、先程とは明らかに違う雰囲気に体が自然と強張ってしまう

  でも、嫌な感じがしないのは何故なんだろう

  なんと言えばいいのだろうか

  そう、何かの気配に山全体、大気全体が歓喜で震えているような感じだ

  しかし、一体何に? 



 「誰か、来る」



  真直ぐにこの深山木薬店に続く坂を上って来る人が目に入る

  人か、はたまた妖怪か

  ここからでは少し判断がしかねるけれど、それはどうやら女性の型をしている

  いや女性で間違いないと思う

  真っ白い帽子を被り、真っ白いワンピースを着ているのが分かる

  帽子から出る長く黒髪がこちらから見て分かる程に艶やかなのが印象的だった

  時折吹く風に靡くたびに、甘い薫りが漂ってきそうである

  リべザルは自分の頬が紅くなるのを感じた


 
 「わ、わ、何で俺、こんなに紅くなってるんだよ…!」



  手摺から腕を離して、両手で恐らく紅いであろう自分の頬に触れる

  熱い

  まったく自分は何をやっているのだろう
 
  顔もよく見ていないくせに、一人で何故紅くなっているのか

  馬鹿みたいだ、とリベザルは思った

  そのまま手摺に背を向けてしゃがみ込む

  この場に秋がいなくて良かった、と思う

  もしここに秋がいたら、自分を見て間違いなく大笑いするだろうから

  それはもう、これでもか、というくらいに



 「でも、気になる」


  
  何が目的でここにやって来たか、という疑問よりも、彼女が ”人間”なのか ”人間ではない何か”という好奇心が勝る

  

  ギギギ…ギ…ギギ


  
  静かに開けられる扉の音に、反射的に立ち上がる



 (――見に行っても大丈夫だよね?)



  リベザルは自分自身にそう言い聞かせ、ベランダを飛び出した

  リビングを抜けて店直通の階段の下りようとしたその時、「いらっしゃいませ」と言う座木の声が聞こえた
















 「こんにちは」


  かなりの高さがある本棚の隙間から抜けて姿を現したのは少女だった

  歳は16〜17歳くらいだろうか

  真っ白いワンピースを着て、両手には服と同じ色の帽子を持っている

  履いている少しヒールの高いサンダルも白色だった

  シンプルすぎるスタイルに見えるが、彼女にはとてもよく似合っている



 「久し振りね、ザギ」



  少女が微笑む

  その笑みを見て、座木の顔が驚きの表情に変わった




 「、さん?」

 「当たり−、何年振りかしら」

 「20年振りくらいでしょうか」

 「あら、そんなに?どうりでザギが大きくなっているはずだわ…」

 「20年経ちましたから、さんは増々お綺麗になられましたね」

 「相変わらずだなぁ、ザギは」

  
  クスクスとは笑う

  それに対して座木は苦笑いをした

  大抵の女性ならば、座木が甘い言葉を囁けば頬を紅らめたりするのだが、にはその変化は見られない

  それは彼の種族を知っているからか、単に経験の差なのか



 「…とにかく、お元気そうで何よりでした」

 「ザギも」


  はそう言って、小走りで座木の元に近付く

  それを見た座木は静かに立ち上がった

  机を挟んで二人は抱き合う

  それは再会を喜ぶ旧友そのものであった

  階段からそっと二人を見ていたリベザルは、その光景に顔が真っ赤になっていた

  座木の彼女だろうか

  しかし、そんな話は聞いたことがない

  必死に考えようとしても、体の熱が邪魔をしているようだった


 

 「――兄貴の彼女なのかなぁ」

 「誰が、誰の彼女だって?」

 「!」

 


  先程まで熱かった体が嘘のように冷えていくのが分かった

  抑揚のない声

  誰の声かなんて考えなくても分かる

  この家にはリベザルと座木、そして彼しかいないのだから

  後ろを振り向いた方がいいのだろうか

  いや、でも向きたくない

  心の中で葛藤をしていると声の主はそのままリベザルを通り過ぎる

  セピア色の髪を靡かせながら、深山木秋はゆっくりと階段を下りていった

    
 


      

 「勝手に二人の世界を作らないでくれる?」


  突然聞こえた声にと座木はぱっと体を離す

  声がした方に視線を向けてみれば、そこには壁に寄り掛かりながら腕を組んでいる秋の姿があった


 「秋?」

 「はいな、久し振りだね、


  組んでいる腕を解いて片手を上げて返事をする秋

  の顔がみるみると満面の笑みに変わっていく

  それを見た秋はにっこりと微笑んで両手を広げた

 
 「秋!」


  白いワンピースが揺らしながら、は秋の腕の中に飛び込んだ



 「秋」

 「はい、いらっしゃい」

 

  秋は手慣れたようにの黒い髪を撫でた

  その動作が心地よいのか、は目を細めながら大人しくしている



 「ん−やっぱり秋の側にいると落ち着く」

 「何それ、僕はの精神安定剤なの?」

 「かもしれない」

  
  クスクスと笑い合う二人

  そんな二人を見て座木は苦笑いをした

  リベザルに至っては完全に固まってしまっている



 「お二人とも…リベザルが困っていますよ」

 「おお、忘れてた」

 「リベザル?」


  秋は本当に忘れていたようで座木の言葉に納得したような声を出した

  反対には聞き慣れない名前に疑問の声を出し、首を傾げる



 「おいで、リベザル」


  座木の優しい声に促されてリベザルはゆっくりと階段を下りた



 「は、初めまして!」


  リベザルは相当緊張しているようだった

  彼は90度曲がっているのかと思う程に頭を下げ、右手を差し出す

  そんなリベザルを見てはにっこりと笑い、ゆっくりと秋から体を離した

  そんな彼女に秋は不満そうな顔をしたけども

  

 「こちらこそ初めまして、です、よろしくね」

  
  握られた手がとても温かい

  ふわりと甘い薫りがしてリベザルはまた頬が紅くなるのを感じた

  なんて整った顔なのだろう、まるで人形のようだ

  真直ぐな黒髪がとても似合っている

  自分を見ているグレイの瞳があまりにも優しくて、何だか嬉しいような気持ちになった

  

 「可愛いなぁ、リベザルって呼んでもいい?私のことはと呼んでもかまわないから」

 「あ、はい!ええと、さん」

 「なあに、リベザル」


  繋がれていない方の手でリベザルの赤い髪を撫でながらは聞き返す

  名前を呼んだら返事を返してくれた

  そんな些細なことがとても嬉しかった



 「さんは妖怪なんですか?」

 「うーん一応妖怪なのかな」

 「師匠とも兄貴とも知り合いなんですね」

 「そう、古い友人よ」



  二人の会話を黙って聞いていた秋がの『友人』という言葉にぴくりと眉を動かしたことにリベザルは見逃さなかった

  そう言えば、は座木の彼女かと呟いたとき、それを聞いた秋は機嫌を悪くしなかったか



 (――師匠はさんのこと、そう思ってないのかな?)


  ふとリベザルの頭にそんな考えが思い付いたが口に出すのは止めようと思った

  もし聞いてしまったら、秋の機嫌が更に悪くなりそうである

  当たられるのはまっぴら御免だ







 「ねぇ、秋」

 「何?」

 「私、ここに住んじゃ駄目?」

 「…はい?」

  

  (――本当にどんな関係なんだろう) 






  彼らのこの関係に名前を付けるとするならば、一体何だろう

  座木はそんな彼らを見て優しく微笑んでいた















  この関係に名前を付けるとするならば









 (秋が大好きでたまりません。アイラブユー!)