ドリー夢小説
いつか訪れる その日まで
どうか この手を離さないで
「もし僕が、源氏の軍を裏切ると言ったら、君はどうしますか」
何の脈絡もなく、僕は彼女にこう尋ねた
こんなことを彼女に聞いてどうする、と頭の中で自問自答するけれど、答えは出てこない
蒼い、彼女の兄と同じ深い青の瞳を大きく見開いて、僕を見つめる双眸は、とても美しい
「…裏切る、つもりですか」
「そうだと、言ったら?」
つくづく僕は性格が悪いと思う
こうやって優しい笑みを浮かべて、すべてをはぐらかそうとしているのだから
本当の顔を隠して、本音を隠して、生きていこうとしているのだから
――すべてを犠牲にしてまでも、自分の犯した罪を、償おうとしているのだから
さんの手がすっと伸ばされ、そして僕の外套がぎゅっと掴まれた
掴んだ腕が震えているのが外套を通じて僕に伝わる
――さあ、僕から離れるといい
頭の中でもう一人の僕が叫ぶ
軽蔑すればいい、僕を
最低だと泣き叫べばいい、僕を
もう顔も見たくないと言う程、嫌いになればいい
――僕を
「追いかけます」
どれくらい時が経ったのか
ようやく彼女が紡ぎだした言葉は僕には到底理解できぬものだった
「誰を、ですか」
「弁慶さんに決まっているでしょう、何を言ってるんですか」
さも当然だと言いたげに、彼女は言う
あまりにも予想外の答えで、外套がずり落ちるのを感じたのか気のせいなんかではない
「理由を聞いても?」
「だって弁慶さんのことだもの、何か理由があると思うの」
ドクン、と大きく心臓が跳ねる
自分のことには疎いのに、どうして他人のことになるとこんなに感が鋭い人になるのだろう
「弁慶さんは、何の理由もなく、そんなことをする人じゃないと思うから」
ああ、貴女は分かっていないのだ
僕がどれ程、堕ちた人間なのか
多くの人を騙し、乱し、多くの犠牲を払って今の僕があるということを、貴女は分かっていないのだ
「だから、追いかけるんです、その理由を聞くために」
「…君は、今までの僕のことを知らないから」
「知りませんよ、弁慶さんの過去なんて、見当もつかないし知ろうとも思いません」
――酷い言われよう、だ
でも、僕の外套は彼女に掴まれたままで
心無しか、その震えが段々大きくなってきていることに、はっと気付く
「思ってはいない、けど、でも、私と出会ってから今まで一緒に過ごしてきた弁慶さんは―――とても信頼できる人です」
ああ
「人のことをからかって遊んで、人の心をかき乱して、本当に最初は嫌な人だと思ったけれど」
本当に君はいけない人ですね
「それでも――辛い時、悲しい時、心細い時に、いつも側にいてくれましたよね」
抑えている理性が今にも爆発しそうですよ
「私はそんな弁慶さんが源氏を裏切るとは到底思えない、だから――追いかけるんです」
どこまで君は、僕を、惑わせば気が済むのですか
「それに――散々人を惑わしておきながら急にいなくなるなんて、私が、許しません」
それは逆でしょう、さん
僕が惑わされているんですよ、貴女に
ほら、こんなにも心臓が音を立てて鳴いている
ほら、こんなにも心が貴女が欲しいと泣いている
――ほら、こんなにも貴女に溺れている、自分が、いる、から
「ふふ…許しません、ですか」
「ええ、逃げないようにずっと手を掴んでおきますよ」
「…その手を離さないでいて下さいね」
「――もちろんです、離せって言われても離しませんからね」
外套を掴んでいるさんの手を僕は自分のそれで優しく包み、そして、指を絡ませた
どうか この手を 離さないで
(たまには弱気な弁慶が、いい)