「久しぶりだな、」その言葉で始められた手紙に、はふと笑みを漏らす。紙からほんのりと薫る匂いに目を細めた。懐かしい、薫り。それは自分が少し前に、生活していた場所のもの。都の薫り。あの時とちっとも変わらないそれに、は何だか嬉しくなった。手紙に鏤められた言葉。それはどれも自分を心配するものばかりで。あの生真面目さは健在か、と苦笑いを一つ。相変わらずな彼にどこかほっとしながら、は綴られた言葉をそっと手でなぞった。


「・・・何をしている、」


ふと後ろから聞こえる低い重低音。それが誰のものかなんて考えるまでもなかった。


「・・・手紙を、読んでいたの、」
「・・・お前へ宛てた?」


静かに後ろを振り返ると、案の定。そこには訝しむような目で、彼は、泰衡は眉間に皺を寄せて立っていた。


「私にだって手紙の一つや二つくるわよ、」
「・・・ほう、物好きな輩もいるものだ、」
「・・・その女を自分の妻に娶ろうとしているのは何処の誰ですかねえ、」
「・・・・・・・・・・・」


今度こそ、泰衡の眉間の皺が深くなった。してやったり、とはほくそ笑む。互いに何も言わず、互いが互いの真意を探るように、じっと見合った。耳が痛いくらいの、しんとした静寂が辺りを包む。しかし、はまったく苦にはならなかった。このやり取りが心地よいとさえ、思っていた。このやり取りを自分たちは、気に入っているのだと思う。泰衡は只でさえ政で手一杯というのに、との婚儀が近いせいかいつにも増して慌ただしく動いているし、で、婚儀の衣装を決めなければならなかったり、そのしきたりやら何やらで、その作法などを頭に叩き込まれたりと何かと忙しい・・・・つまり、お互いにストレスが溜まっているというわけで。蓄積されたストレスをどうやって解消するか。策士家の泰衡に元々口がよく回る。その二人がストレスを抱えたまま言葉を交わせばどうなるか・・・・ストレスを余計に感じる結果になることはしばしばあるが、それでも、自分たちにとってはそれがいい気分転換になっているのだ。それはやはりこれから夫婦の契りを交わす仲であるからだ。はそう思っている・・・恥ずかしいことこの上ないので、絶対に口には出さないが。


「あらやだ、図星?」
「・・・、」
「・・・はいはい、ごめんなさい」


泰衡の武人に似合わない繊細で細い指先が自分の頬をするりと撫でた。こういうときだけ、あまりにも優しく、そして静かに自分の名前を呼ぶものだから、ズルイ、とは思う。でもそれを素直に口に出してしまうのは何だか悔しいような気がして、はぐっと堪えた。



「・・・手紙は九郎からよ、元気でやっているか、だって」
「あの男は相変わらずだな・・・」
「本当にね・・・あとは弁慶に子どもができたこととか、将臣と譲が大騒ぎしてるとか・・・色々・・・」
「・・・・・・・、」
「・・・な、に?」


泰衡がの言葉を遮る。普段は寡黙な人なのに、今日はやけに饒舌だと思った。何なのよ、調子が狂うじゃない。泰衡の真意を読み取るようにじっと瞳を覗き込む。相変わらず彼の瞳は深い闇の色で、何も窺うことができない。しかし、いつもよりも少しだけ光が揺れていることをは見逃さなかった。


「・・・もしかして、心配してるの?」


自分の頬に触る泰衡の手が微かに震えた。当たり、だ。


「私が、九郎達のところに戻らないかって・・・・心配なんでしょ?」
「・・・・・」
「沈黙は肯定と受け取るわよ、」


可愛い、とは思わず笑ってしまった。普段からあまり表情が顔に出ることはない泰衡。けれど、ふとした瞬間に表情に出ることがある。現に今、彼の頬はうっすらと紅く染まっている。彼をあまりよく知らない人ならば見逃してしまうような小さな変化。しかし、自分はこれから彼の妻になる女。些細な変化でも気付いてしまう。泰衡にとって厄介なことこの上ないことなのだろうが、何だかそこから泰衡からの愛情を感じずにはいられなくて、は何だか嬉しくなった。普段言葉で示してくれなくても、こういうところがあるから、は彼の側を離れたいとは思わない。むしろ側にいてもっと見てみたいと思ってしまう。だから。



「・・・戻るわけ、ないじゃない・・・」



私は貴方の妻になる女よ?
恥ずかしさのあまり、俯きながら喋れば、頬に触れていた手はそのままするりと顎へ。ふと顔を上げられて。「何をするの!」抗議の言葉さえ許されず。吐息すら全部、奪われた。


そして、重なる、二つの影。

(これもきっと、貴方の愛情表現の一つ。)