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「姉さん、生きてる?」 「……来て早々の言葉がそれなの?」 あんまりよ、譲、と困ったように眉毛を八の字に曲げて姉さんは笑った。 「私だって料理ぐらい出来るんだから」 「でも、姉さんは結婚するまで料理なんかあまりしなかっただろう?……あああ、ほら危ないから!」 「………本当に譲は心配性ねえ、」 覚束ない手つきで野菜を切る姉さんを見て、彼女と結婚したあの人はいつもこんな気持ちなのかもしれない、と何だか同情心がふつふつと込み上がってきて溜め息を一つ零した。(その後、失礼よ!と姉さんに額を小突かれたけれど)(だからお願いだから手許をきちんと見て!) トン、トン、トンと、軽やかなリズムが静かに空気を震わせる。 少したどたどしいけれど、それでもリズムの良い包丁の音に少なからず安心したのは確か。 ね、進歩したでしょう?と姉さんはふわり、と可笑しそうに笑う。 「今日のお昼はオムレツよ、譲の大好物、」 「…… 俺の、じゃなくて姉さんと先輩の大好物の間違いだろ …… あああほら、包丁貸して」 「そうだったっけ? …って、別に手伝ってもらわなくても私一人で大丈夫よ」 「…… 姉さんの手つきは危なっかしくて見てらんないだよ、」 ほら、と奪うように彼女の細くてしなやかな指先から刃物を奪い取る。けれど、それを姉さんの手がふわり、と俺の手を掴んでやんわりと阻止した。「ダメよ、」と彼女は悪戯な笑みを浮かべて笑う姿に目を見開けば。 「今日は私が作るって決めたの、だってせっかく可愛い弟が遊びに来てくれたんだから」 何かしてあげたいって思うのは当然でしょ、とくりくりと元気のいい瞳が俺を見つめる。ふふ、と笑うその顔が自分が知っている姉さんのそれではなくて困惑した。ああ、この人はこんな風に笑う人だったかな、と。姉さんは除々に変化する身体とともに雰囲気さえも変化しているようで。綺麗になったな、と思う。それは自分の身内だという贔屓からくるものでは決してなくて。ふとした瞬間の横顔が大人びているところとか、あまりにも柔和な微笑みだとか、そう、俺の手をやんわりと包む掌であるとか、それらすべてが美しい、と思う。トン、トン、トン。止まっていたリズムが再び動きだして。 「ねえ、譲、聞いてよ、この間あの人ったらねー…」 ふと、姉さんがまったく知らない人のように見えるときがあって、言い様のない恐怖に駆られるときがある。ずっと側にいた。護ってきた。それなのに。些細な時間を一緒に過ごしただけで、あの人がこんなにも、姉さんを変えてしまった。それが無性に悔しく思うときがある。 「―――なのよ、酷いでしょう?……って、ねえ、譲?聞いているの?」 でもね。最近夢を見るんだ。姉さんとあの人が至極幸せそうに笑っていて。見ているこっちが優しい気持ちになれるようなそんな風景を。そんな2人に手を繋がれて朗らかに笑っている子どもの、鈴を鳴らしたかのような笑い声を。あまりにも温かくて無性に泣きたくなる、そんな夢を。 「…聞いてるよ、」 そんな夢を見てしまったら、何だかこんな気持ちでいる自分が馬鹿らしくなってきて、恥ずかしくなる。けれども、夢でみた柔和な微笑みと同じそれで俺を見てくれるものだから、だから俺はこうして安らかな気持ちでいられるんだ。 きらきらひかる ああどうかこの人に、そして生まれてくる子どもに至福の喜びを。そう願わずにはいられなくて、姉さんの手を強く握りしめた。 |