私にあって彼にないもの










ミューラ−さーん!ミューラ−さーん!と何度も何度も名前を呼びながら、彼の少し後ろを歩くあの子はまるで親鳥の後を追い掛ける雛のようでとても微笑ましかった。あんなに柔和な笑顔を浮かべているあの青年が、まさかリンドブルム傭兵団の切り込み隊長だとは思いも寄らなくて。人は見かけに寄らないものだとつくづく思った。自分とあまり歳が変わらぬ青年。戦いに身を投じているというのに、どうして彼はあんなにも幸せそうに笑っているのだろう。それが何となく頭に引っ掛かって、気付けば目で追うようになったのはつい最近のこと。


「え、それってつまり、好きってことじゃないの?リヒャルトのことが」


カップに注いだ紅茶を飲みながら静かにの話を聞いていた王子(それはとても様になっていて、悔しいけど少し見とれてしまった) の言葉に、の手がピタリ、と止まった。


「えええ、まさかあ」


もう、人を好きになる気持ちなんて忘れちゃった、とは笑った。 だって今の今迄そんな余裕すらなかった。 幼い頃、両親を戦争で亡くしてから、少しでも自分のような人間を出さないためにと医術を必死に学んできた自分。いつか衛生兵となって傭兵部隊に所属する、その目標のためにがむしゃらに勉強をし、それに加えて人の命を救う前に、まずは自分の身を護るようにならなければと、剣術すらも学んだ。だから、王子殿下…から(王子と呼ぶと拗ねるんだもの)仲間に誘われたときは本当に嬉しかった。しかも、腕の立つと評判の良いシルヴァ先生の下で働くことが出来ることに幸せを感じたの。これから今以上に忙しくなる。だから、私に恋をする暇なんて。


「じゃあ、どうしてはリヒャルトが気になるんだろうね?」


至極楽しそうには笑う。まるで新しいおもちゃを見つけた子どもの顔そのもので、何て嫌な顔、とは顔を歪めた。でも、の言うことはもっともで、どうして私はまだ一言も言葉を交わしたことのない彼のことが、こんなにも気になるのだろう?と考えた。頭に思い浮かぶのは、彼、リヒャルトの溢れんばかりの笑顔で。まるで彼が私が遠い昔に忘れてきてしまったものを全部持っているかのような感覚を覚えた。


それはきっと、温かくて、優しくて、愛しい愛しい人のぬくもり。











人は自分にないものを持つ人間に、惹かれるものだ。


「何だもう両思いなんじゃん」と王子は面白そうに微笑んだ。